furukawaさんのブログ

気づきの日記「いい人になって、自爆しない」

 

早いもので、新しい年が明けて一ヶ月がすぎようとしています。

さてさて・・・新年の決意は覚えていますか?

クライエントのA子さんは年末、こんな決意をしました。「私はどうも人にイヤミを言ったりあげ足をとったりして攻撃してしまうクセがあるんです。それは相手も自分も幸せにしないので、是非新しい年はそれをやめようと決めました・・・」と。

「一ヶ月たって、どんな調子ですか?」とA子さんにお尋ねしてみると、

「いい人になりたいと思って、人を咎める気持ち、裁く気持ち、見下す気持ちをおさえる努力をしていたのですが、なんだか調子わが悪いです」と。

どんなふうに調子がよくないのかというと、「急に体調が悪くなってしまいなかなか回復しないし、へんな言いがかりをつけられて面倒な問題がふりかかってくるし ・・・ なんかツライことがふえたようなのです」とシンドいご様子。

じつは、これはよくあることなのです。

自分の怒りをなるべく外にばらまかないようにするために、人を咎めず、裁かず・・・・、

でも、じつはこの段階でもうすでに怒っているし、咎めているし、裁いているのです。ただ、それを外へと表現するのをやめる努力をしただけです。

つまり、怒りの爆弾は着火されたのに、外へと放り投げることができなかった・・・。

じゃあ、どうなるのでしょ?・・・そうなると、ハイ、自爆です。

これが、自分の体調不良やら、さまざまな問題の勃発やら、怖れたり怒りを感じたりするものごとことして現れます。

人にぶつけないかわりに自己攻撃に転じてしまい、自分のなかで爆発したのです。

これじゃ、咎めないことも、裁かない努力も、幸せを感じるための解決策とはなりえません。

まずは、自分が爆弾を抱えているのだ!ということに、ちゃんと気づかなくてはならないのです。

私のなかには、人に怒りたい、人を裁きたい、そんな気持ちがたしかにある、ということを認める必要があるのです。

自分のなかでイライラしている気持ち、怒っている気持ち、裁きまくっている気持ち、不平不満を言いたい気持ち ・・・ 私たちはそんな自分を認めたくないので、怒っていても、裁いていても、ついついそんなことはなかったことにしようとします。

どこかに注意を向け変えて、あるいは自分を忙しくして、「いえいえ、私はそんな邪悪なことはまったく考えてなんかいませんよ!」「何も感じていません!」とウソぶいてしまうのです。

でも、爆弾は着火しています。他への爆撃も自爆も避けたいと思うのなら、この攻撃的な気持ちという爆弾に気づきましょう。

攻撃にしろ怒りにしろ、自分のなかの邪悪な気持ちは「認知」という光にあてることで消滅させることができます。

つまり、「ああ、今、私のなかに怒りが存在している」「裁きの気持ちが存在している」「でも、これは私の望まない気持ちだ」とただ正直にこころのなかで起こっていることを認めてしまうのです。

怒りがあってもいいのです。どうせ、捨てるものですから。

気づくことは、手放すことの第一歩です。認めることによって、はじめて手放すことが可能になるのです。

さらに、それらを完全にこころから消滅させることができる自分自身の高い自己へと、邪悪な考えをひとつひとつ委ねてしまいましょう。

高い自己・ハイヤーセルフこそ、危険物処理班です。お願いすれば完璧に任務をこなしてくれます。それも、無料で! 24時間対応で!

大切なことは、人に投げつけたり、自分のなかで爆発するまえに、ちゃんと自分の考えに気づいて、それ(爆弾)をかかえていることを認めてあげることです。

よい人になろうとする努力は、しばしば爆弾を温存したまま違う自分になろうとしてしまいます。

すると、遅かれ早かれ自爆(自己攻撃)というかたちでいろいろな問題が勃発します(自分の怒りがさまざまな形をとり、自分自身に襲いかかるのです)。

自分のよろしくない思いは「廃棄すべきもの」なので、べつに隠そうとする必要もありません。

いさぎよく捨て去るために意識の光のもとにひっぱり出して、親切丁寧な危険物処理班におまかせしてしまいましょう。

よい人になる努力などせずとも、危険物をうちに持たなければ、自分もまわりも平和になるのです。

 

 

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気づきの日記「幸せのオセロゲーム」

 

私たちは自分の目にする世界に対して、やさしく受け入れようとするよりも、むしろ戦闘態勢で向きあっています。

決して不利にならないよう、少しも損害を被らないよう、なるたけ優位でいられるよう、警戒を怠りません。

ということは、「ここ」はちょっとでも気をぬいたら簡単にやられてしまうような弱肉強食のアブナい世界だ、と信じているからです。

そんな世界と対峙していれば、誰でもリングの上のファイターのごとく、そこには安らかなこころがありません。

そんな自分に襲いかかってくるような世界を目にしているのであれば、「世界とは、自分の考えそのものを見ているだけだ」ということはなかなか受け入れられないことでしょう。

世界とは外にあるもので、自分とは対立する存在となっているのです。

しかし、世界は外にあるものではなく自分のこころのなかに存在しています。

世界は、自分の考えそのものなのです。そこには、どんな間隔も距離もなく、こころの在りかたが変わりさえすれば世界も変わってしまう、という即効性もあります。

だから本当のところ、自分のこころが変わるまでは自分の世界は決して変わることがありません。

自分のこころが安らかにならなければ、世界も安らかに知覚されないのです。

この連動しているメカニズムに気づくことがで大切です。

なぜ問題や間違いを目にするのでしょう?

それは、私たちが自分のこころのなかに存在している苦しみや痛みに耐えきれず、それらを外側というくくりのなかに不法投棄しつづけているからです。

不法投棄するのは、それらと金輪ざい縁を切りたいと思っているからです。だからそこに投げ捨てたが最後ふりむくこともせず、「そんなもの知りません!私とはなんの関係ありません」と言いはるしかないのです。

知らないと言いつつも、外にゴミ(問題)がゴロゴロしている、ということは、自分のこころが投棄をつづけている、ということに他なりません。

しかし・・・もしも外にゴミが見当たらなくなることがあるとすれば、それは自分のこころが投棄をやめた、つまり不法投棄するものがなくなった、きれいになったという証でもあるのです。

自分の幸せを左右するこころの状態を整えるために、外側に目にするすべてを「クロ(罪がある)」の状態から「シロ(無罪)」として見るようにしてみましょう。

シロを見よう!と決めます。

決めたら見ることができる、というももこころのすばらしい力です。

みんなシロだ!罪などない!間違いなどない!と自分の外側に対して言ってあげることができるのなら、自分の内側もシロなのでしょう(投棄しなくてもよくなっているのです)。

そして、自分がシロであることを知ることができます。

だから、すべてにおいてシロをみようと人生ゲームをすすめます。

まるでオセロゲームのように、外側をパタパタ白に変えつづけることで、ついに勝利をおさめることができます。それが自分の安らぎと幸せへの近道です。

「与えたものは受けとるもの」。白を与えると決めて、白を受け取りましょう。

シロ(罪とは無縁)というのは、自分自身がなんのリスクからも、なんの危険からも、なんの罰からも、なんの苦しみからも無縁であるということを意味しているのです。

自分自身にシロを獲得するためには、オセロの石をパッタパタ返してゆくように、世界にシロを与えてあげましょう。

 

 

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こころに栄養♪

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久々のライブのコンサートです。

お友だちの吉原圭子ちゃん出演のコンサートにお誘いいただきました♡

演目も、新春にふさわしいウィーンのワルツの数々。J.シュトラウスにレハールに・・・心もからだもウキウキと華やいでくるような明るいメロディ。

吉原圭子ちゃんは、ソプラノで登場。

当日の朝、体調がすぐれず大変なご様子でしたが、さすがプロ☆ 真っ赤なドレスでステージに姿を現すやいなや、優雅で颯爽としたいでたちで、みんな吸いこまれるように魅了されておりました。

優しいお声はのびやかで、まるで光と花びらで会場を包みこむよう。もう、ウットリでした♡

指揮者の方のおしゃべりも楽しく軽快で、まるでダンスのようなステップふみながら指揮をなさっておりました。

まさに新しい年を祝福してくださるようなワクワクした調べに包まれる素敵なコンサートのひとときでした。

こころがメロディと光と愛で満たされました。ありがとうございました♡

 

 

 

気づきの日記「私の幸せ = 自分に優しいものの見方をすること」

 

幸せになるために、今年は何をすることをこころに決めましたか?

今年こそ、「思いたったらすぐに行動しよう」とか、「ていねいに一日を生きよう」とか、「趣味に時間をもっとさこう」とか・・・。

おそらく、自らの行動を変えるための目標が多いのではないかと思います。

そのなかに是非、自分のこころを変える、つまりこころを癒すプランも加えてみたらいかがでしょう?

なぜなら、「自分の目にする世界」とは、じつは「自分のものの見方」そのものです。

「自分のものの見方」(無意識も含めて)をとおしてしか、私たちは世界を体験できません。

そして、「ものの見方」とはまさに、「こころが何を大切にしているのか」というこころの姿勢をあらわしています。

だから、整体に行って正しい姿勢をとり戻すように、こころも正しくものごとを見られるようにつねに整えてあげる必要があるのです。

生きるのがシンドくなっているときには、背骨がまがってしまっているように、素直にあるがままにものごとを知覚できなくなっています。だから、平和なものが痛みに感じてしまうのです。

こころの姿勢が曲がってしまったために、自分のこころに自分で負担をかけてしまっているのです。

苦しんでいるときも、怖れているときも、結局は自分のものの見方こそが脅威となって、自分をおびやかしてしまっているわけです。

そして、間違った思いを信じてしまっているからこそ、どこが間違っているのかさえもわからなくなります。

ひとつひとつの自分の考えが「愛」であるのかどうか、苦しいときにはとくに立ち止まって確かめてみる必要があります。

自分に対して優しい見方でものごとを見られているとき、世界は親切で優しいところに感じられるのです。

自分に優しい見方ができるように、今の間違ったものの見方に気づいてこころを癒してあげることも、幸せになるための大切なステップなのですね。

人生に不具合があるときには、こころに立ち戻ってみる習慣をつけてみましょう!

 

 

 

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☆ Happy New Year, 2022 ☆

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あけましておめでとうございます。

みなさまの一年が、つねに光とともにある安らかな日々となりますようにお祈り申し上げます。

過ぎ去ったことは過ぎ去らせ、また、まだここにはないものをどうにかしようとせず、ただ目のまえのことひとつひとつに心こめる ・・・ そんな一年にしたいと思っています♡

本年もどうぞよろしくお願い致します。

オフィス・るん 古川貴子

 

 

 

いただきもの♡

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お友だちからのいただきものです。

まずは、三角パックのほうから。ラベルには、「京都・嵐山  zarame  いちごみるく」とあります。

中身はというと・・・

じゃ〜〜ん!! ・・・ かき氷ではありませんよ〜。

綿菓子です。ほんのりピンクで苺ミルクの香りが。

綿菓子って、こどものとき以来かも?!ほんとうに上質コットンのようにふわんふわんで、口のなかでシュッと溶lけてなくなります。どこか香ばしいザラメの風味もなつかし〜♡

味覚だけでも、タイムワープできますね♪

そして、こちら・・・

フルーツピクルス?!

フルーツのシロップ漬けはよく見かけますが、どうやらビネガーにつけてあるようです。

どんなお味なんだろう? ヨーグルト、あるいはサラダにトッピング??

色どりがきれいなので、しばし鑑賞してからいただくことにしま〜す♪

ありがとうございます ( ・◡・ )♫

 

 

 

ようやく忘年会♡

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コロナ禍になって以来、メールと電話でしかやりとりできなかったお仲間と念願の忘年会にこぎつけました。

換気にかけては優等生の焼肉パーティです。

みんなのお顔も焼肉も、メッチャひさしぶり〜♪

そして、じゅ〜じゅ〜♪からの、さらに安全なおうち飲みに突入。

おいしいワインにチーズにパンに・・・。私はちょっと大人味のジンジャエールを。

Yちゃんがソムリエの手つきで優雅に注いでくれると、ジンジャエールでも酔っぱらえます(笑)。

みんななかなかお外に出られなかった期間、それぞれの時間を過ごして、だからこそ気がつくことや思うことがたくさんあって、そんなあれこれをシェアすることができました。

みんな、ご無事でなにより。そして、人とのつながりの温かさに、あらためて感謝の忘年会でした♡

PS 忘年会のどうでもいい話題・・・汗。
「ねえねえ、どうしてゴキキャップとかって、みんなあんなに真っ黒なの?黒は許せないんだけど」
「そうだね〜、白とかいろんな色があったらいいね」
「francfranc とコラボして、ベージュの木目調にして欲しい」
「パイナップル型とかもいいかも!ヘタをつまめばすぐ捨てられるし」

アースさんたち、いかがでしょ?笑

 

 

こころの押し入れもキレイにね!

 

まんぱいの押し入れは、扉をあけるたびに何かが転がりだします。

見て見ぬふりをして、静かに元に戻してしまいますか?

あるいは元に戻さず、それをとっておくべきか、捨ててしまうべきか、見定めますか?

この見きわめこそが、断捨離をするときのポイントでもあります。

ちゃんとそれと向きあって、自分にとっての重要性を決めなければなりません。

こんなふうにいっぱいになった押し入れのように、私たちも日々ぱんぱんになったこころからさまざまなものが転がり落ちてくるのを目にします。

転がり落ちてくるものとは、自分の目のまえに現れでるさまざまな出来事のこと。

これらはこころのなかにためこまれた「想い」というストックから外側にこぼれて出て、形をあらわしています。

ぱんぱんの押し入れから飛びだしたもののように、日々、目のまえの出来事として遭遇するわけです。

そして、押し入れのジャンクと同様、私たちはその目のまえの出来事を「何ごとも起きていないぞ!」とばかりに無反応を装いふたたびこころに押しこみます。

その結果、ふたたびこころのなかに温存されることになります。

つまり、目のまえで起きていたことの原因はそのままこころにキープされ、またいつか同じ形で、あるいは違った形で問題として姿を現します。

押し入れから飛びだしてきたもののように、こころから飛びだしてきた出来事も、ほんとうは私たちに断捨離の決断を迫っているのです。

「ほんとうにいるの?」「それとも、もうきっぱりいらない?」
「このまま、静かにもとに戻しておくの?」「それとも、金輪際サヨナラする?」と。

サヨナラしなければ、それらはひたすら溜まってゆくばかり。その結果、さらに混沌としたものとして外の世界に映しだされることに・・・。

断捨離のコツは、「これは私にとって重要か?」「それとも、キッパリと手放すか?」というひとつひとつに対する決断が重要なのでした。この「いるかいらないか?」の認識があいまいだと、お片づけはまったくすすまなくなります。

こころのおそうじも同じです。

せっかく目のまえに問題として飛びだしてきて、それを見せてもらっているのなら、いまこそ取捨選択のチャンスがやってきたことに気づきましょう。

「私はまだこの同じ問題をやり続けるつもりなのか?」「それとも、もうキッパリと手放して、新しい自分になる?」

廃棄するときめたのなら、決して無反応で通り過ぎようとしてはなりません。

しっかりと向きあって、見定めましょう。

「私は過去にはこれを自分を守るための道具として大切にしてきたかもしれない。けれど、今の私にはもうこのような自分を傷つける防具は必要としない」「同じことをくりかえすのはゴメンだ!」「ただ自分にはふさわしくない、と私が認めれば、私は自由になれる」と決断しましょう。

すでに役にたたなくなった想いを、こころのゴミ回収業者に渡してしまいましょう。(回収業者は、高い自己であるハイヤーセルフです。)

私たちがするべきことは、間違った想いのすべてを今は必要のないゴミであると認識して、業者さんに引き渡すこと、ここまでです。あとは、自動的に回収されていきます。

こころにある「うんざりするような想い」にため息をついて、またこころの押し入れに戻すのではなく、この年末は是非こころの押し入れの断捨離にも気を配ってみましょう。

とくに、忘れさられている天袋の存在。そう!天袋って、正体不明なものがじゃんじゃん詰まっている場所です。

それってどこにあるの?って?!

「私は知らないわ、誰かのせいでしょ?」「私は被害者なのよ!」と思うようなことが目のまえにふってくるときは、いつだってこのこころの天袋から落ちてくるようです。

目のまえに落ちてこない限り、なかなかお片づけってできないものなのです。

だからそんなことに遭遇したら、素直に「すべて私でした・・・」「私が私にしていました」と認めて、片づけてしまいましょう。

清々しい年末年始を♪

 

 

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師走も、もう真ん中

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師走も中旬となり、だんだん気ぜわしくなってきました。

去年は忘年会のお誘いは皆無だったけれど、今年はポツポツ予定が入りはじめました。

思えば、もう二年近く会えていない方々です。

忙しくなる月末にそなえて、毎日一カ所づつの大掃除もスタート。

今朝は不覚にもヨーグルトパックを床にぶちまけてしまったおかげで、強制的にキッチンの床の水拭きが完了となりました。感謝です。(≧∀≦)

先日、沿線でお友だちとお茶。

数駅はなれるだけで、まるっきり物価が違うのにびっくり。

え〜〜〜! ミカンひと箱 680円?!☆ キャベツ一玉 68円?!☆ 感動の嵐☆☆☆

買い物に通いた〜〜い♡(← って、電車賃のことすっかり忘れてません?・汗)

とってもおいしかったカフェのモンブランとコーヒーも千円でおつりがきて、どこまでもリーズナブルなのでした♪

 

ご縁ってフシギ

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海外の空港で、ふと出会った日本人女性。

トランジットで迷ってしまったそうで、話してみたら便名も行き先も私と同じ。

彼女とは、そこから10日間ほど現地でルームシェアをすることとなりました。

それが、今から二十年まえのこと。

東北に住むその彼女と久方ぶりに再会して、

「不思議だよね〜。パッと会ってルームシェアしてしまうなんて」「でも、ぜんぜん違和感なかったよね。まるで、ずっと家族だったみたいにね」「毎朝一緒にベーグルとかクロワッサン食べて、楽しかったよね」と思い出話をしていました。

そういえば、出会ったあの頃、彼女はちょっと不思議な話をしてくれましたっけ。

「たかことは、滅びゆく惑星から一緒に脱出したんだよ。ピューってね!」。そのときの二人のやりとりも話してくれたものです。

そのとき離ればなれになってしまい、「こんどは地球の空港ですれ違うことになっているから、スルーしないでね!」って約束してたのかもしれないね、って話していました。

思えば私のお友だちたちは、こんなちょっとおもしろいシチュエイションで出会った方が多いように思います。

ふつうに顔見知りになってジワジワと仲良くなるというよりは、まるで火花や閃光がきらめくような一瞬のすれ違いのなかでひらめくように出会う☆みたいな。

ああ、これが男性だったら、ビビっときちゃいました☆ ってゆうアレでしょうか?(笑)

彼女にとっては、私に会うときは転機のときだそうな(十年まえに会ったときも、そうだったそうです)。

そうですね〜。結局誰もがそれぞれに、いちばん必要なときに、いちばん大切なメッセージやインスピレーションを携えてあらわれ、出会う気がします。

だから、たとえ長くともに過ごせなくても、それはそれで完結しているのだと思います。

次に再会するときはどんなときなのでしょうね?  それまで、元気でね♡

彼女との再会ランチは、とろろのお蕎麦でした〜♪