furukawaさんのブログ

気づきの日記「自分を幸せにしてくれるもの」

 

恋♡をしているとき、私たちは幸せな気分になります。

世界は以前よりもよいところに見え、ステキなことに満ちているよう。

それは世界が突然、自分に対する態度を変えたわけではなく、ただたんに自分のこころの状態が変わったからです。

こころに、優しさや愛、思いやりがあることで、自分のこころが自らを幸せにしてくれているのです。

・・・ということは、幸せになりたいのだったら、ただシンプルに優しさ、愛、思いやりの気持ちをいつもこころにキープするだけでよい、それらで満たしておくだけでよい、ということです。

ところが・・・ 私たちときたら、不平不満を言うことや裁くこと、攻撃することにかけては秒殺の早さを誇る達人です(それにおいてはコントロール不能! 自分でも気づかぬうちにもうやっちゃてます・汗)。

その秒殺は相手に向けられているだけではなく、自分の幸せも即死させている・・・ということになかなか気づけません。

先日もクライエントのAさんと話していたときのこと。

「ダンナに対する攻撃の言葉はまるでマシン銃のごとく無意識に連発できるのに、感謝のことばはまるで口にできないのです」とAさん。

まさに、私たちのこころのなかは不平不満、文句、裁きの思いの無法地帯でたれ流し状態ですが、感謝や愛の思いに関してはまさに気づいても気づかぬフリで通りすぎています。

チラリと相手に対して「ありがとう」と感じたとしても、言葉にされることも、行為で示されることもなく、一瞬で消えさってしまいます。だって、ハズカしいじゃな〜い、わかってるでしょ?!って。

日々、お店で、病院で、いろいろなところで感謝すべきことは多々あるのですが、面と向かって「ありがとう!」「助かりました」と全部伝えてはいないのです。

しかし、何かが起こったときにはじめて、「じつは、すごく感謝していたんだよ!」とあらためて口にしたりします(遅っっっ!汗)

なぜこうなるのか?

私たちにとって、無意識のうちに「自分を守らねば」という気持ちが強く、感謝するよりもキケンを察知することのほうがずっと大切だからです。だからこそ、すぐに不具合を見つけなければならないのです。そのための文句であり、裁きなのです。

でも、幸せとは、さきほども書きましたが、こころのなかの幸せ、愛、思いやりがあってこそはじめて感じられるものなのでした。

そうなれば、まずは自分がどれだけ文句たらたらなのか、裁きたくってしょうがないのか、攻撃的なのか、このさい正直にしっかりと知ることが大切です。(攻撃的というのは、被害者になりたがる、ということも含まれます。被害者はいつも、攻撃を見ているからです。それも攻撃のひとつの形です。)

何かを手放すためには、手放す対象がちゃんとわかっていなければなりません。

だから、どちらかといえば、「え〜〜〜!私のこころはこんなに不平不満と攻撃心でいっぱいだったの?! ガ〜〜〜ン!」とショックを受けることは、癒しにおいては正直でよい兆候なのです。みんなそんなものだからです。

でも、そこで立ち止まらず、気づいたらそれを自分の高い自己(ハイヤーセルフ)に渡してしまいましょう。自分で大切にして、使いまわしていたものを自分では手放せません。すべて高い自己に回収してもらいましょう。

回収してもらううちに、本来の自分の愛であるものの見方が復活することになります。無理ににイイ人になろうとする必要はないのです。もともとそこにあるものだからです。

今まで自分が無意識のうちに不平不満、裁きをたれ流しにしていたことに気づいたら、ただ逆の方向に進もうとしてみましょう。

それは、今までチラとこころをかすめていた「ありがとう」の気持ちをちゃんとすくいあげてあげること。外に出してあげること。

それは無かったのではなく、じつはただ素通りされていただけなのです。あらためて表現の機会を与えてあげましょう。

怖れからわき起こる不平不満や攻撃の気持ちを野放しにすることなく、気づいて手放しながら、このような温かなこころを復活させてあげることこそが自分を幸せにする第一歩です。

自分を幸せにしてくれる自分の愛と優しさに気づいて、出し惜しみすることなく大きく解き放ってあげましょう。それは自分を包みこみ、どこまでも大きく広がって、そしてまた自分を幸せにするために戻ってきます☆☆☆

 

 

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春を感じるコスメ

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クリスマスにお友だちのKちゃんからいただいたコスメ。

いつも自分では選ばないチョイスをしてくださるので、「あ、こんな色もあり?!」と新しい発見の連続です。

アイシャドーは、春を感じるようなちょっとスモーキーで優しい色合い。リップグロスは、くちびるがぷっくりとした感じに仕上がります。

年が明けたら使おう♪ ときめていましたが ・・・ またもやガマンの緊急事態宣言(泣く)。お出かけも先のばしに。

春には、新しいコスメでKちゃんと久々のランチがデートができますように♡

 

 

お茶の間シネマトーク「ストーリー・オブ・マイライフ」

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私の好きな俳優さん、シアーシャ・ローナンとティモシー・シャラメが出演しているこの作品。「若草物語」の最新リメイク版です。

私の世代は「赤毛のアン」シリーズの方が人気があったので、「若草物語」は一度しか読んだことがなく初めてのような新鮮さで楽しめました。

19世紀の終わりごろのウィスコンシン州。黒人解放にかかわる牧師である父親が長く留守をしている一家は、母と四人姉妹だけ。

作家志望である次女ジョーの目をとおして紡がれる、女ばかりの家族の貧しくともなんとも賑やかな日常。

まだまだ性差別が強く、女性が生きづらかったアメリカ社会で、大人になるまえの娘であり姉妹である少女時代を惜しむように姉妹と母、そしてお隣の老人やイケメンくんとの出来事がイキイキと綴られてゆきます。(→予告を見る)

ある日、ジョーの態度に腹をたてた四女のエイミーが、ジョーが完全にうちのめされるようなことをしでかしてしまうのです。

そのときのエイミーのセリフが、「ジョーを傷つけるためにはこれをするしかなかった」と。

ひゃ〜〜!「がっつりと傷つける意図があってやった」と言ってしまうところに口があんぐり。友だち関係だったら、一生修復はむずかしいでしょうに。

うちのめされたジョーは悲しみと怒りがおさまらず、エイミーと目もあわせずさけていたのです。けれども、さすがに姉妹。ついには赦して受けいれます。そして、なにごともなかったようにいたわりあう関係に。

なぜならジョーにとっては、憎むことよりも姉妹としての「つながり」の方がずっとずっと大切だったから。ジョーにとって、家族全員にとって、この絆こそが生きるちからだったのです。

この時代のファッションも可愛いらしいです。

腰までとどくふわふわのロングヘア。ボリュームのあるギャザーのロングスカートに編みあげブーツ。たっぷりしたブラウスにざっくりと編んだ大きめのカーデガン。エディ バウアーやむかしのローラ アシュレイのイメージです。

家族を助けるためにジョーがロングヘアをお金にかえてしまうシーンがあります。

自分の意志で髪を売った気丈なジョーでさえ、夜中にひとり「私の髪が〜・・・」と大泣きしていました。それに気づいて抱きしめるエイミー。

ロングヘアはまさに女性としてのシンボルのようなものだったようです。

自立心が旺盛で、夢をあきらめない勇気があり、自分の道をつきすすむジョーであっても、いちばん愛しているのは家族であり、家族があってこそそんなジョーでいられたようです。

「ブルックリン」や「レディーバード」の頃よりも少しほっそりとしたシアーシャ・ローナンが、そんなジョーのイメージにぴったりでした。

映画のなかでは、現在のストーリーが過去の出来事とのあいだを行ったりきたりするので、ちょっと混乱しそうになりますが、あたたかな四姉妹に励まされる作品です。

PS *ティモシー・シャラメは、美しさに磨きがかかっておりました♡
四姉妹のお隣さんである青年を演じているのですが、こんな姉妹たちがお隣に住んでいたらそわそわして当然。彼もじっと椅子に坐ってお勉強などしていられない様子でした(笑)。

*ピアノが得意な三女のベスが演奏する場面があります。流れるような美しいメロディーはベートーヴェンの「悲愴」の第二楽章とシューマンの「こどもの情景」から「見知らぬ国」。

どちらも、ステイホーム中に私が弾いていた曲なので嬉しくなりました。

「見知らぬ国」は、「ソフィの選択」のなかでもネイサンが異国からやってきた恋人ソフィのために弾いておりましたっけ。ピアノのまえに坐るソフィの後ろに腰掛けて弾くシーンはとってもロマンチックで、この美しい旋律にぴったりでした。

 

 

 

気づきの日記「プチな意図をここにともす」

 

新しい年があけ、あっというまに日常がまわりはじめました。

今年の新たな決意さえも、忙しい日々にまぎれて「あれ?なにを決めたんだっけ?」とアタマのかたすみで忘れさられているかもしれません。

変化を起こしたいとき、私たちは大きな改革を一気に起こそうとします。今まで進んでいた方向から理想のゴールへ、えいっ!と一気に180度曲がりきろうとするのです。

でもそれは、いまの自分とはあまりにかけ離れているのでリアリティがなく、あっというまに興味が失われます。キラキラ輝くステキな決意の一瞬として、日記や手帳のかたすみに消えさります。

そうならないためにも、

なにかを変えたいと思うときには、「ほんのちょっとの違い」を大切にしましょう。

少しだけ、いつもの自分とは違う、バージョンアップしている自分を大切にするのです。

そのバージョンアップとは、思いや言葉や行動です。

表現されることはほんの小さなことかもしれませんが、その下にある意図は大きなものも、小さなものも、意図としてはまったく変わりがありません。意図は意図として偉大なのです。

大きさに関係なく、愛は愛であり、やさしさはやさしさです。

たとえて言えば、100人に対するやさしさも、1人に対するやさしさも、こころのやさしさとしては変わらないものです。

いつもだったら「ここまででいいや・・・」と満足している思いやりを、もう一歩ふみこんでみる、とか。

「ありがたかったな〜」とか、「助かったな〜」とか、「そういうところステキだな〜」とこころのなかでひそかに感謝して、口にしないままになってしまう思いを、あえて相手の人に伝えてみる、とか。

関係が気まづくなって、相手から離れたいと思うときに、勇気をだしてそこにとどまり、自分の正直な気持ちを伝えてみる、とか。

つい怒ってしまいそうになる場面で、「どういうことか理解してみよう」とふみとどまってみる、とか。

とにかく、いつもよりプチ、思いやりや、やさしさ、気遣い、勇気、愛、正直さをバージョンアップさせてみること。ここまで!と思っていたことを、もう少し盛ってみること。

いくらそれがプチであろうとも、そこにある意図はプチではないからです。

私たちのこころは、そんな小さな方向転換を「変化」としてしっかりとキャッチします。

そして、方向転換の意図はかならず、自分の目にする世界に同じものをはっきろと示してくれるようになります。

気がついたら、自分のプチな意図が大きくなって、広がって、自分を包みこみ、そんなやさしい世界に住んでいることに気づくかもしれません。

プチであろうが「意図」こそがすべてです。表現の大きさは関係がありません。

だから、こころのなかでささやかでも愛とやさしさと思いやりの炎をともしたら、それを世界にかざしてみましょう。

マッチ売りの少女のごとく、ともされた炎はきっと違う世界を見せてくれるはず・・・♡

 

 

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謹賀新年 2021

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今年もみなさまにとって、穏やかでよろこびあふれる一年となりますように。

本年もどうぞよろしくお願い致します。

オフィス・るん
古川貴子

 

 

今年もありがとうございました♡

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だいぶまえからお友だちと約束をしていたので、近所でサックリとお疲れさまのお茶を。

そうはいっても、東京 感染者1300人ごえの速報に、ありゃりゃ〜!(汗)。そそくさと帰宅いたしました。

今年もお友だちや皆さまに支えられ、元気に笑顔で過ごすことができた一年でした。

ほんとうに感謝でいっぱいです。

来年も、安らぎのなかで丁寧に日々をかさねてゆけたらと感じています。

どうぞ、みなさまもよいお年をお迎えになってください。

 

 

 

仕事おさめ

古川貴子のブログ、ヒプノセラピー/カウンセリング

みなさまはもう、年末のお休みに入ったのでしょうか?
私は、きょうが仕事おさめ。

午前中にセッションを終え、午後は一年間お世話になったセッションルームのお掃除を。

椅子やテーブルをどけて掃除機をかけて、ソファカバーを洗って、窓をふいて・・・どんどん無心になり、それがまた心地よく、やりはじめたらけっこう止まりません。

お掃除は不思議です。

なんでしょ、このスコーンと空気が澄みわたる清々しさは! お部屋の雰囲気がバージョンアップしたよう。

こんなプチ大掃除であっても、背筋をただして新年を迎える気分になりました。

いよいよ、今年も残すところ明日一日となりましたね。

おっと、 こころの年末大掃除もあなどるなかれ! です。

こころのホコリも、すこ〜しづつすこ〜しづつたまって、気がついたら機能不全、なんてことになりかねませんからね  (^_^;)

 

 

 

気づきの日記「身体の調子が悪いとき」

 

体調が悪いとき、私たちはそのことばかりを気にしてしまいます。

心配することこそが癒しのように感じてしまい、あれこれ考えたり、それに対してさまざまなことを試みたり・・・。

じつは、始終それに気をとられてしまうことが、その解決を難しくしてしまうのです。

なぜなら、いつも気にすることでそこにエネルギーが注ぎこまれ、それを大きくし、自分でそれを「手におえない大きな問題」にまで仕立てあげてしまうからです。(いつも気にする、ということは、じつはそれを「愛している」ということと等しいのです。)

そうすることで、真の原因がそのまま温存され、その結果である具合の悪さもそのまま保たれつづけることになります。

目にしているものは、ほんとうの原因の影にすぎません。

真の敵と戦わずその影帽子と戦っても、何の成果も期待できません。

架空の敵と戦うと疲弊します。なぜなら、相手はぜったいに倒れないからです。(起きあがりこぼしと戦っているようなものですね!汗)

私たちは、ついつい目にしているものを信じ、そればかりを相手にしてしまいがちです。

しかし、そもそも目に見えるものは、見えないものから生まれた現象(かたち)にすぎません。

たとえば ・・・ 高速道路に蜃気楼のようなものがあらわれることによって事故が多発したとします。

その問題を解決するために、蜃気楼を片づけに向かっても意味がないのと同じです。

問題はそこじゃないよ!と笑われてしまいます。蜃気楼が発生する原因を調べて、その原因を排除しなければならなかったのです。

体調が悪いときに私たちがせっせとしていることも、蜃気楼退治と同じです。

かたちは必ず、かたちのないものから生まれます。それは、こころです。

だから見えないものこそが重視されなければなりません。

もし、見えるものにこだわってしまうと、大切でないものが自分にとって重大になり、自分を支配するパワーを与えてしまうことになるのです。

いったん、見えているものから注意をはずして、それを生み出しているこころへと戻り、そこに注意を注いであげることが必要です。

こころの本来の性質である「安らぎ」のスペースへと戻って、そこにとどまってあげることが正気を取り戻すことになります。

そこに落ち着けば、すべては自ずとそこの力に導かれてゆきます。そこは答えのあるスペースだからです。そこにこそ、すべてを解決する力があります。

蜃気楼に注ぎ込んでいた注意を逆向きにして、こころの静けさのスパースに戻り、そこをリアルにしてあげましょう。そのスペースを愛してあげましょう。(私たちはそこをカラッポにして、影にばかり向かっています!)

その静けさのスペースのなかから外をみるとき、こころの静けさと同じものが見えるようになります。

かたちに囚われていたこころをかたちから退かせると、かたちのないものが力を取りもどすことができるのです。かたちのないものこそが、すべてを統治する源です。

目にみえるものから退いて、静かなこころのスペースへと安らいだら、そこから与えられる直感を受けいれて、それに従ってみましょう。

ただそこから生まれる考えや行動について行ってみましょう。努力なく導かれる感覚が生まれます。

そのスペースでこそ、こころは正気を取り戻すことができ、正気のこころからは正しい知覚が生まれます。

正しい知覚には、愛と安らぎと喜びだけが存在しているはずです♡

 

 

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☆Merry Christmas☆

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「がぶっといってください!」とツリー型の大きなチョコレートをいただきました。

Ericaさんのチョコレート、おいしいのですよね〜♡ クルミとかマシュマロが入っているようです。

はい、お言葉どおり、こころおきなくがぶっと至福のときを楽しみたいと思います (´▽`*)

 

 

お友だちからのあったか便

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お友だちがお庭の柚子を送ってくださいました。

きょうは冬至でしたね〜! ありがとうございます♡ さっそく柚子湯にしましょう。ハチミツであったか柚子ドリンクも。

ここのところバタバタと忙しかった私に、激しくツボにはまる癒しのコーヒーとクッキーつき。(どちらも、私たちがいつも熱く語ってしまう大のお気に入りです。ウレシ〜〜♡)

冬至とともに、天空でも土星さんと木星さんの新しいスタートへの一大イベントが繰り広げられつつあるとか。あったかお風呂につかって、美味しいコーヒーとクッキーで癒されて、新たな扉へと向かいたいと思います。

C子ちゃん、いつもありがとう♡