furukawaさんのブログ

気づきの日記「楽しむと罪悪感を感じるんです」

友人のAちゃんが予約してくれたホテルのダイニングでピアノとフルートの生演奏を聴きながらの優雅なディナー。

灯りがおとされたフロアーは、おしゃれをした人たちがさざめき、それぞれのテーブルにはキャンドルがゆらめく心地よい空間。

するとAちゃんが、「一生懸命仕事したから、いいよね!(贅沢しても)」と同意をもとめるようにつぶやくのです。「もちろん!」と答えたものの、そう答えたあとになんか違和感を感じてる私。

「あれ? Aちゃんはせっせと努力をしたすえでないと、楽しい思いをしてはいけないと思ってるの?? (つまり、無条件になにもなしで幸せになってはいけない?)」

私たちの多くはこどもの頃から、何かを一生懸命やったからこそ、欲しいものを手にする、あるいはご褒美をもらえる経験をしてきたと思うのです。たんに、一生懸命やったらほめられる、というのもそのひとつ。

さんざん読み聞かされてきたアリとキリギリスの話でも、ハッピーに楽しく気ままにすごしてきたキリギリスは、その見返りとして困った状況に直面し、そのうえ助けがやってこないのです。結局、身体にムチをうって、汗水ながして働きつづけたアリに軍配があがるわけです。

楽しみなどに目をくれず、ひたすら一生懸命、汗水ながして頑張らないなら、何も手にしてはいけない、というわけ。

すると、自然体の「あるがまま」では、とうてい「よいもの」「幸せ」を手にしてはいけないことになってしまうのです。無条件には何もやってこないということ。

「楽しくラクして暮らしたヤツにはつけがまわってくる」というおどし以外のなにものでもありません。

そうなのよね〜!昔話や童話、あるいはカツカツに努力をする「巨人の星」や「あしたのジョー」が、どれほどクライエントさんの辛い信念を構築することになっていることか。

大人になってもその信念にもとづいて生きているので、つらい習慣・体験へと導かれ、くり返しているのです! わたしはこれからのこどもたちのために、イソップやら、これらのマンガをすべて書きかえたい!(笑)

私たちは「私たちであるがゆえに」、ただそれだけの理由で、もう十分によいものを受けとる、幸せになる権利と価値があるはず。

頑張ってこそ、努力してこそ「受けとれる」というのであれば、私たちはそのままで、あるがままで、素敵な体験や幸せな体験を受けとってはいけないということになります。

もし素敵な体験をしてしまったなら、罪悪感を感じることになり、そのあとに意識的にあるいは無意識的に、その幸せな体験のうめあわせとしてつらい体験をしなければならないと感じてしまいます。

その昔、夏の3〜4週間をバリ島で過ごしていたことがありました。お勉強に来ていたのですがそれにもかかわらず、朝から海やプールで泳いだり、船で沖に出て魚を釣って料理してもらったり、日の出を拝むために夜中から山に登ったり、川でラフティングをしたり、パラセーリングをしたり、民族衣装でヒンズー教の寺院をお詣りしたり、小さな島にわたって過ごしたり、ただただビーチで昼寝をしたり ・・・こんなパラダイスな日々にもかかわらず、楽しければ楽しいほど、毎日遊びほうければほうけるほど、強い罪悪感を感じる人がけっこう多かったということ。

こんなに素敵な日々なのに、手放しで楽しんでいないのです。もったいない!

楽しんじゃいけなくって、楽しんだ分だけ苦労するのだったら、いったいいつ、どこで、幸せになれるというのでしょう!?

それにしても、「楽しんじゃいけない自分」って、いったいどんな存在であると “自分で自分を” 思っているのでしょう?

ちなみに、神さまが「楽しむことをよしとしていない」わけではありません。あくまでも「本人自身が自分で自分に対して」、楽しむことはよくないと信じて、おびえているのです。

「私は楽しんではいけない」・・・・ 結局、自分に対するそのような決めつけ、信念が、せっかく楽しいことを経験したのに、罪悪感があとから追いかけてきて重荷をおわせて、心理的なバランスをとろうとしているわけです。楽しいだけじゃダメだよ! 楽しいがあったら、その分苦しむのだよ!と。

だから人は、ものごとが自分が思った以上にうまく運んでしまうと、どこか落ち着かなくなるし(こんなにうまくいったら、あとで何かとんでもないツケがまわってくるに違いない)とか、いつもよりもランクアップした素敵な体験をしていると、自分らしくないと居心地が悪く感じるのです(こんなにいい思いしてしまっていいのかしら? 私にはゼイタクすぎるんじゃない?) ・・・。

そんなときには、自分がいったい何を信じていてそんなに落ち着かないのか、居心地が悪いのか、探求してみましょう。

結局、よくよく調べてみると、自分で自分のことを幸せにしていないのがわかります。自分が幸せになれないのは、自分で自分の幸せにストップをかける「罪悪感の思い」なのです。

そして、それさえなければ、もっともっと多くの豊かな体験を両手を広げて、身体全体で受けとることができるようになるはずです。

自分を解放しないのも、自分を幸せにしないのも、自分を苦しめるのも ・・・ 結局は自分のなかにある思いであり、こころのなかにおしこめてちゃんと見ることをしていない思いなのです。

そんな隠された思いをチェックして、気づいて、手放して ・・・ こころがしっかりと受けとれる準備ができたなら、すでにある豊かさがもっともっと流れこんでくるでしょう。

PS ちょうど今日いらしたクライエントさん、「なかなか素直に 100% 楽しむことができないんです」とのことでした。

ちょいと一緒に探求してみました。

「昨年、スペインを旅しました。おいしいものを食べて、たくさんのきれいなものを見て、のんびりして、楽しくって、本当にいい体験でした。 ・・・でも旅の終わり頃には恐ろしくなってきました。こんなに楽しんでしまったから。怖いんです」

「私は怖い、なぜなら?」とくクライエントさんに問いかけてみると。

「あとで悪いことが起こりそう」「なぜなら、いい思いをしてしまったから」「わたしはそんなよいものを受けとる価値なんてないんです」「なぜなら、神さまに好かれていないから」「なぜ好かれていないかというと、愛されるような自分じゃないから」「つまり、ちっぽけで、ぱっとしなくって、恥ずかしい存在。いつも母が私を恥ずかしがっていたようです」「きっと神さまだって私をみていて、イライラするのです」「そんなわたしによいものがくるはずがないのです。なのに楽しんでしまった」「身のほど知らずは罰せられるのです」「己を知って、醜いなりの努力をしなければならないのです」・・・・

「ああ・・・私は自分を恥ずかしい、存在していてはいけない存在だと信じていました。存在させてもらっているのだから、努力するべきだ、奴隷のようであるべきだ、それでつじつまがあうように感じていたのです。だから、幸せが怖かったのです」と。

クライエントさんの許可をえて、やりとりを掲載させていただきました。こんなふうに間違った考えを明るみに出すと、それをもう終わりにすることができます。すべては光をあてることで、闇を一掃することができるのですね。

みなさまも、罪悪感、怖れなどを感じるときには、是非、探求してみてくださいね。

 

「気づきの日記」バックナンバーはこちら: 古川 貴子ヒプノセラピーカウンセリング

おフランス発、冷食屋さん

ヒプノセラピスト古川貴子のブログ

中目黒に Picard というフランス発の冷食屋さんがオープンしていたのですが、すっかり忘れていました。遅ればせながら、ちょっとのぞきに行ってみました・・・

駅のすぐそばですが、あら、誰もいません(もっと混んでると思った!)。

テレビで見て知ってはいたけど、あるわ!あるわ! マカロンからクロワッサン、アペリティフいろいろや、サーモンのパイ包みにエスカルゴ、さまざまなフランス料理やデザート。

いろいろ目うつりしてひとつ選んだのは、翌日のおやつ用にモアローショコラ。フランスでは6秒に一個うれるほど人気なんですと。フォンダンショコラよりもスポンジ部分がすくなくって、チョコレートがたっぷり入っているそう。

どれどれ・・・

えっと、作り方は?・・・ といっても、温めるだけですが。

210℃ のオーヴンで17分。

日本人の冷食のイメージって、レンチン! なので、このおフランスもの、オーヴンを使うというのがちょいと日本人にはハードルが高いのかもしれません。だって余熱がいるし、時間もかかるし、暑いし・・・(レンヂものもあるのですが、やっぱりフレンチはオーヴン料理なのです)。

作ってみて思ったけど・・・ 180℃ まではわりと使うことあるけれど、210℃ ってオーヴンも能力 MAXで、慣れぬことに悲鳴をあげているようでした。

こんな焼き具合で、できあがり!

お皿にスポッと出したら、底のスポンジがやぶけてチョコの大洪水になっちゃいました。

お味はすご〜くチョコレート!(あたりまえですが)そして、手加減のない甘さ。それこそがフランスのスウィーツっぽい。チョコ好きだったり、がっつり甘いものが欲しいときにはオススメです。

まわりがカリっと焼けて、なかはとろっとろのチョコがたっぷり入っていておいしかった〜♪ でも、すぐにおやつが食べたいときには多少手がかかります。

さらに、ラム酒をかけてバニラアイス添えにしたら、フレンチのお店風の立派なデザートになります。

次は、人気のクロワッサンを買いに行ってみます!

ちなみに、こちらのお店、通販もあるようです。

 

 

8月 9月 のヒプノセラピー体験セミナー

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新しい日本ヒプノセラピー協会になってから 【ヒプノセラピー体験セラナー】も三回目となります。

毎回、ご参加のみなさまから「ヒプノ体験ですごくリラックスできたのでおトクなセミナーだと思います」とか、「ヒプノセラピーって、自分がなくなってしまいそうでどこかコワいイメージがあったのだけれど、こんなに簡単でこんなに軽くなることができるなんておどろきです」という感想をいただいています。

そうなんです。どうも「ヒプノセラピー」というと、間違ったイメージをもたれている方が多く、不安を感じられて躊躇していた方も多いようです。

【ヒプノセラピー体験セラナー】で、ここちよいヒプノ体験とともに、あなたのこころの可能性について知ってみませんか?

【 ヒプノセラピー 体験プチセミナー 8月、9月 のご案内 】

「ヒプノセラピーってなに?」「どんな効果があるの?」「誰にでもできるの?」「ほかのセラピーとどう違うの?」「セラピストになるには?」・・・

リラックスした雰囲気のなかで、ヒプノセラピーについてのあれこれを学びながら、実際に体験することができるプチセミナーです。日々の疲れがとれたり、あるいは、心について、自分自身について、新たな気づきがあるかもしれません。どなたでも、気軽にご参加ください♪

*内容
・ヒプノセラピーってなに? どんな効果があるの?
・ヒプノセラピーと他のセラピーの違いは?
・ヒプノにかからない人がいる? 誰にでもできるの?
・ヒプノセラピーはなぜそんなに効果的なの?
・リラックスできるヒプノセラピー、プチ体験
・ヒプノセラピストになりたいけど・・・養成コースについてもっと知りたい
・お茶を飲みながら、ヒプノセラピーなんでも Q&A

*日時
A : 8月18日(金) 19:00~20:30
B : 9月15日(金) 19:00~20:30

*場所 : 表参道(渋谷区)

*講師 : 古川貴子 / 薦田敬子
(ヒプノセラピスト、日本ヒプノセラピー協会理事・講師)

*参加料 : 1,000円(お茶とお菓子つき)

*お申し込み方法 → こちらのフォームからどうぞ
(「体験コース」参加希望とご記入のうえ、希望の日にちをご明記ください。)
追って詳細をお知らせさせていただきます。

ヒプノセラピーってなに? → こちらから
ヒプノセラピーを受けてみたい → こちらから
ヒプノセラピーを学んでみたい → こちらから(日本ヒプノセラピー協会サイト)

(社)日本ヒプノセラピー協会

 

 

おなか、たぷたぷな夕べ

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これ、やりたかったの! 優雅なタワー三段重ねのアフタヌーンティー。

お誘いがきたのは意外なお友だちからで、あら?!スウィーツが得意じゃないはずなのに・・・。これでもかっていうぐらい甘いもの満載だけど、「アフタヌーンティーでいいの?」って聞き返しちゃいました。「サンドイッチもあるでしょ!」と意に介さないご様子。たしかにね!(笑)

ということで、椿山荘の「ル ダルジャン」へ。ここのスコーンが好きで、以前からよく来ていました。きょうはこころおきなくいただけます。

まず、シャンパンから(最近はノンアルコールがあって助かります!)。

そして一の重、いえ、一の皿は、サンドイッチ。サイズはプチだけど、すごく手がこんでいます。山芋のカナッペにサーモンのタルタルがのっていて、サフランのソースに茗荷のスライスのトッピング・・・というように。

二段めは、スコーン三種。プレーンとハニーレモン、そして夏を感じるココナツバナナ(きょうは三個もある!)。

そして、三段めはスウィーツさんたち♡ リコッタチーズのタルトやベツギーチョコのブラウニーなど、プチだけどどれも丁寧にこしらえてあります。

紅茶は20種類ほどあり、ポットサービスで。

わたしの紅茶のチョイスは、最初のサンドイッチはアールグレイでさっぱりと。スコーンは、香りのいいアップルティー、そしてスウィーツは甘さに負けないしっかりとした味わいのアイリッシュクリームにしてみました。次々ポットとカップを取り替えてくれます。いったい何杯いただいたことか? 7〜8杯?(汗)

最後のシメはマスカットグリーンティーにしようか、コーヒーにしようか迷って、結局コーヒーをチョイス。そうしたら、おみやげにいただいたお茶がマスカットグリーンティーでした。やった〜♪

三段、すべて気持ちよく完食♪

夕暮れのハイティーだったので、暮れなずむお庭の五重塔のシルエットと空の色がきれい。とりとめのないおしゃべりを楽しみながらのお茶タイムは、深い緑をながめながらゆったりと癒しのひとときでした。・・・ しっかし、お腹がたっぷたぷ(笑)。

 

気づきの日記「最近、気になる “怒り” について」

最近テレビをつけると、芸能人にしろ、政治家にしろ、大統領にしろ、怒りのタガがはずれまくって、怒り大放出のご様子。

いいかげん耳にやきついてしまった「ちがうだろーっ!!この○ゲー!(怒)」という女性議員の絶叫やら、うわ目づかいで怪談のような語り口で「聞いてください・・・」と YouTube に投稿をつづけるタレントさんとか、プロレスごっこで CNN をボコボコにしちゃう大統領まで(だ、だ、大統領ですよ〜・汗)・・・。

目にするたびに、「あ〜あ・・・またか。ウンザリ」となるわけです。

先日クライエントさんと話していたとき、「呆れはするけれど、じつはこころのなかで私もやってるかも・・・」と。

なるほど・・・ なんとも正直なご意見!

もし、それぞれのこころに拡声器がついていたら、世のなかそれはそれは賑やかなことでしょう。だって、誰ひとりこころのなかで他の人を責めたことがない人はいないし、他の人に怒りをだいたことがない人はいないのですから。(ってことは、彼らはこころに拡声器がついちゃってて、外にダダ漏れなわけね?!)

ときには、怒りや非難があまりに無意識になっていて、自分ではまったく気づいていない場合もあります。あるいは、怒りや非難が感情というエネルギーのままで「言語化(セリフ化)」されないために、自分では怒っているとは思っていないこともあります。

しかし、ムカっと、イラっと、ぶちっときた時点で、すでにそれは十分に怒りなわけです。

怒りや非難はエネルギーなので、はじめからセリフがついてはいないのです。あの方々のように激しいセリフや行動がともなわなくても、ふつふつとネガティブな感情が湧いてきた段階で、まったく同じなのですね。

話題の方々は、それにセリフが与えられ行動がくっついて、アウトプットされ、電波にのって人目をひいちゃった、にすぎないというわけです。

さらに、さらに・・・

わたしたちの「こころ」はじつはすべてつながっています。なぜなら、「ひとつ」だからです。

わたしが抑圧してなきことにしてきた怒りの数々は、じつはあの方々がまとめて請け負ってくださっているのかもしれません(ありがたいことに・・・)。

火山は世界中あちこちにあって、休止中の火山もあれば、活動中の火山もあります。休止火山は今たんにお休みしているだけで、火山でなくなったわけではありません。そして、どの火山も地球のエネルギーに突き動かされて爆発するわけです。でも、いつ爆発するかはじつは火山に選択肢はありません。

つまり、わたしたち一人一人が火山口であって、おおもとのマグマである「こころ」はたったひとつ。そこにある怒りがどこで爆発し噴出しようとも、火山口が悪いというよりはマグマである「こころ」のせいなのです。だから、「あ〜あ、あの火山、節操もなく爆発しちゃって。恥ずかしいね〜」とはならないのですね。もとは、みんな同じだからね。

わたしたち全員のなかには、残念ながらもれなく同じ怒りがあります。凶暴性があります。破壊的なものがあります。そうでなかったら、わたしたちはとっくにここ、この世界に怖れながら存在しているはずがないのです。

その怒りや凶暴性は、ひとつのこころのなかにあって、ひとつひとつの「個」のものではありません。それが個人という噴火口を使って、噴出してくるわけです。

個人という噴火口を使うことで、その怒りの大もとが消滅しないようにうまく守られているのです。個人というトリックによって、「お互いを非難する」というワナにはまり、おおもとの怒りは解消されることをまぬがれるからです。

つまり、その大もとの怒りはうまくカモフラージュされているわけです。個人というカモフラージュのうえ、さらに抑圧という力によって、潜在意識という闇の奥ふかくへとしまわれています。そうやってエゴは生きのびます。

もしこころのなかで、ある人、ある出来事を非難してしまうと、わたしたちは「ひとつのこころ」を否定することになり、お互いをまるで見知らぬ存在にしてしまうため、お互いの分離感が深まってしまいます。それによて、互いの距離がうめられなくなります。

それが、わたしたちが根本的に感じている孤独感であり、この世にいて感じる怖れの原因です。結局、なみいる敵のなかに孤立無縁でサバイバルしている気分になるのです。怖くないわけがありません。

怒りから叫ぶ人もいれば、叫ばない人もいる ・・・ それもこの世界の二元性であり、バランスです。全員おとなしく善良になるわけにはいかないのです。必ず、両方が存在します。

そして誰かが抑圧してしまえば、他の誰かが激しく表現してくる。そうやって、「ひとつのこころ」はバランスを保ちます。

今回はどうやら、その「激しく出して、みんなに後ろ指をさされる」という役回りを自分はまぬがれていることをありがたく思うことが大切なのです(前世では、あるいは来生では、激しく切れる役だった、あるいはその役になるかもしれませぬ・・・汗)。

どんなことが起こっていたとしても、それが凶暴な出来事だったとしても、今回は自分の番ではなかったことを感謝しつつ、それを非難することよりも、そもそもの原因となっている「ひとつのこころ」のなかにためこまれた怒りや怖れを解消することに務めることが大切なのです。

そしてネガティブな感情は、それが上がってきて、それを実際に感じているときにしかお片づけするチャンスがありません。だから、誰かを見て何かイヤな気分になったら、お片づけのまたとないチャンス! 感謝です!(見せてもらえた! 感じさせてもらえた! ことに)

せっかく、この頃たくさんの方々が怒りを見せてくださっているので、それを非難することによって自分の怒りをさらにふやすようなことはせず、お掃除の機会にできたら言うことはありません。

来世(が、あるなら)、そしてそこで必ず誰かしらが怒りでシャウトするのかが当番制であるなら ・・・ ちゃんと自分の感情の責任をとっていたら、そのお当番制を免除してもらえるかもしれませぬ(笑)。

いえいえ、そこまでいかなくても、まずはシャウトしている人はたんにまわってきた配役なのだと理解しながら、今回シャウトする役でないことに感謝しつつ、さらに目にしている怒りを利用して自分の抑圧した感情をお掃除することに務めれば ・・・

自分のなかの抑圧したネガティブな感情がなくなればなくなるほど、自分の目にする世界は確実に穏やかになってゆきます。私たちの目にしている世界は、いつだってこころの反映で、自分のこころの「なか」にこそ存在するのですね!

イヤなものを見た!と思ったら、非難するのではななく、その感情をあるがままに受けとめて、自分のこころのお掃除に精をだしてしまいましょう!

 

「気づきの日記」バックナンバーはこちら: 古川 貴子ヒプノセラピーカウンセリング

 

ランチのビストロと朝カフェ

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先日、お友だちとランチの約束をしたときにチョイスしてくれたフレンチのお店。

楽しみにしながらグーグルマップをたよりにたどり着くと、すごいデジャヴ感におそわれました。

なんのことはない。もう二十年もまえに来ていたお店で、すっかり忘れていただけ。お店の家庭的な雰囲気もメニューのリーズナブルさも、あの頃のまんま!

そうそう! ここのランチ、こんな銀の大きなお盆にスープボウル、サラダ、メイン、パン、デザート、コーヒーがうやうやしく運ばれてきます。フランス人の給仕さんが目のまえでメインのフタをとってくれます。お料理はフレンチといえどもかしこまっていなくて、家庭料理なのです。

この日は、冷たいカリフラワーのスープ(とっても甘い!)、熟れたトマト丸ごとのファルシー(ナツメグなどのスパイスのきいた肉詰め)とマッシュポテト、キャロットラペ、自家製パン、パンプディング、そしてコーヒーはおかわりができます。

これでお値段は昔からかわらず、¥1200 でした〜♪ すごいコスパ!

先日、急いでランチをしたとき、近くにあったコーヒーのチェーンでパスタとコーヒーのセットをいただいたのですが、¥1100 でしたもの。それを考えると、なんという素晴らしさ。

あ、お店は渋谷の「コンコンブル」さんです。開店まえから並んでいますよ〜。

毎日暑いですが、朝、犬の散歩がてら(え、犬いた?)、いつも行っている朝カフェでゴハン。

代官山の「 IVY PLACE 」さん。

最近、週末はめっきり混み合うようになり、この暑いのにテラス席までいっぱいでした。

いつものパンケーキ。そして、たまご料理のメニューはそのときどきでオムレツだったり、スクランブルエッグだったり・・・。この日は、ふわふわスクランブルエッグにマスカルポーネチーズとスモークサーモン、そしてイクラのトッピング。相方が海鮮が苦手だったので(なら、なぜにこれをチョイスするっ?!笑)、わたしがまるまるいただきました〜。

トーストについていたジャム、バナナマンゴーが夏っぽくておいしかった〜♡ 

お腹いっぱいだワン☆

 

 

夏のティータイム

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これ、いったい何でしょ!? まるで沼から出てきちゃったような不思議な物体。

スタバの抹茶スコーンです。

グリーンの度合いが尋常ではありません。

先月ぐらいに発売されてから、このインパクトのすごさに是非食べてみたいと思っていたのですが、いつも売り切れ(泣)。一日10個限定だそうな。

この日はお昼まえだったので、ようやくゲット〜!

なかまでまっさお〜☆

感想は ・・・残念ながら、色ほど迫力はありませんでした。まるで、強もてにもかかわらず気弱な妖怪みたいです(笑)。スタバのお抹茶パウンドのほうが、よっぽどお抹茶感満載でした。でも、食べられて満足! ٩(。θ◡θ。)۶

一方、こちらはお友だちにいただいた「すいか麦茶」by ルピシア

フレーバーティーはいろいろあれど、スイカ+麦茶ってあたらしい。

水だしで冷蔵庫で作ってみました。すると、冷蔵庫の扉を開けると、まるで完熟スイカが入っているよう。

ティーバックを取り出して捨てると、ずっとスイカの甘い匂いが・・・。グラスに注ぐと、スイカジュースのようにほんわり甘い香り。なんかカブトムシになった気分。

口に含むと、意外にもすんごくふつ〜に麦茶。なんかキツネにつままれた気分の 不思議なお茶です(笑)。

 

 

日本ヒプノセラピー協会「ベイシックセミナー」のお知らせ

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(社)日本ヒプノセラピー協会によるヒプノセラピスト養成コース「ベイシック セミナー」を開催いたします。

二日間でヒプノセラピーについて、こころについて、そして自己催眠の実際を学びます。ヒプノセラピーを学んでみたい、自分を癒したい、心のパワーを実感したいあなたへ。・・・この機会に、是非ご一緒に学んでみませんか?

ヒプノセラピーは、あらゆる問題の原因であるこころの深い部分から癒しと解放を行うことができる、 とてもパワフルなセラピーです。ヒプノセラピーを理解しながら、ヒプノセラピストとして必要な催眠の基礎とこころの仕組みを、二日間にわたり実習を交えながら楽しく学びます。セラピストを目指す方だけでなく、自分自身を癒したい、あるいは家族や友人のために役立てたいという方にもおすすめいたします。

▶内容: こころの仕組み(潜在意識とクリティカルファクター) / 催眠の効果と深さ / 被暗示性テスト / 意志の力と想像力 / 誘導(段階的リラクゼーション) / 自己催眠 / 暗示(暗示の法則・スクリプトの作成) 他   
*〈 少人数制 / 6人まで 〉定員になりしだい締め切らせていただきます。

▶日時(二日間): 8月12日(土)〜 13日(日)10:00 ~ 17:00

▶会場: 都内

▶受講料:  48,000円 (日本ヒプノセラピー協会 ベイシック修了証が発行されます)

▶講師: 古川貴子 (日本ヒプノセラピー協会講師・ヒプノセラピスト)

▶お申し込み: こちらから(詳細はご案内させていただきます)

 

こんな方にオススメいたします!  ・深いところから自分を癒したい ・自分の人生を向上させたい ・自分やこころのことについて理解を深めたい ・ストレスを解消したい ・イキイキしたい ・リラックスできるようになりたい ・ヒプノセラピストになりたい ・家族や友人のために役立てたい ・自分を変えてみたい ・新しいことにチャレンジしたい ・生きがいのある生き方をしたい

講師プロフィール: 古川貴子(ヒプノセラピスト・心理療法家)     ''93年に「オフィス・るん /ヒュー マンセラピー研究所」を設立以来、二万人以上の豊富な臨床経験を持つ。ヒプノセラピーをはじめ、古典心理学、超心理学、エネルギーワーク、ヒーリング、瞑 想、非二元論など多岐にわたる理論と療法を日本と米国にて習得し、そこから独自のメソッドによるプログラムを開発し、短時間で高い効果のあるセラピーを提 供している。心の癒しとともに、その人のなかに眠る才能を探り、内面の豊かさを引き出すセッションを行っている。個人セッション、セミナー、企業研修、大 学における授業など、活動は多岐にわたす。雑誌、テレビなどのマスメディアでも紹介されている。「オフィス・るん /ヒューマンセラピー研究所」「中目黒メンタルヘルス・カウンセリング」代表。

 

社)日本ヒプノセラピー協会(養成コース詳細はこちら)

 

気づきの日記「不満よりも受けいれること」

K子姫と半年ぶりのお茶タイム♡

第一声は「おつとめ、お疲れさまでした!!」

まるで、壁のむこうから帰還された姉さんを出迎えているようでもありますが(汗)。たしかに ・・・ K子姫は舞台で春先から拘束されていたので、ようやくジャバに出てこられたというわけです(笑)。

銀座のど真ん中、とっても細い路地のつきあたりにあるカフェへ。上野のフレンチ、タントマリーさんのスウィーツを出してくれるお店です。

二人していちごのティラミスミルフィーユ。ホワイトチョコがサクサクとした食感で美味しいのです。

お喋りに興じていたら、突然「二時間になりましたので・・・(お引きとりを)」とお店の方に声をかけられ我にかえりました。

店内には他にたった一組しかお客さんがいなくてガラ空きだったので、「なんで? 」と思ったけど ・・・ ここは素直に退散し、他のカフェを探しに行きました。

私たちの日常には「なんで?!」と自分目線では腑に落ちないことがたびたび起こるけれど・・・ 最近は素直に起こることを受けいれるようにしています。

なぜなら、すべては「よきこと」 ・・・ であるはずだから。

自分さえ邪魔をしなければ・・・。

でも、その「よきこと」の全貌を私たちはすべて知っているとは限りません。ほとんど、ピンポイントでしかものごとを把握できていないので、起きていることは意味不明となりがちなのです。そこだけを見ると、「間違っているぞ!」と思ってしまいがちです。

しかし、私たちはその全部知っていなければならないというわけでもないのです。「流れるように体験してゆく者」である私たちにとっては、すべてがつながってよきことであれば、それでいいのです。

たとえば昨日だと ・・・ お店の冷房がけっこう効いていて、あれ以上いたとしたらお互いノドを痛めてしまったかもしれません(二人ともノドは商売道具)。だから「もっと暖かい所に移動しなさい」というサインで、二時間が潮時だったのかもしれません。

あるいは、私たちはただ歩いているときでさえ、お互いふと視界に入るだけでも大きな影響を与えあっていたりします(ある人を見たときに、あることを思い出したり、ある感情が喚起されたり、何かを考えさせられたり ・・・と)。そんな意味もあったのかもしれません。

さらに、移動した先で私たちがおしゃべりに興じていたとき、すぐ隣のテーブルで静かにひとりコーヒーを飲んでいたオジサマがいらっしゃいましたが、もしかしたら話しの内容がつつぬけだったかもしれません。彼はなぜか、それを聞く必要があったのかも知れません(ほんのひとつの単語であったとしても・・・)。

まだまだ、他にも私たちには知れぬ理由があるのでしょう。

そして、そこで起きた小さな変化はバタフライエフェクトのように、その人のまわりの人に伝播して、さらに他の人に伝わったり、無限な広がりをみせます。

一人がほんの少し変わることの大きな変化は、セラピーでもいつも顕著なのです。お母さんが内緒でセラピーに来ていたとしても、それを知らないこどものあらゆる行動が自然と変化していく、というように。

とにかく、「すべてはそれでよい」と最初から喜んで受けいれていると、フラストレーションもないし、自然とよい方向へと向かっていきます。よい流れにのります。

それに ・・・ 私たちは他の「選択肢」があると思っているけれど、ほんとうはそのようなものはないのです。

今はこれが起こっているのだから、「これしかない」というのが本当のところです。そして、「それしかない」のであれば、それは必ずいちばんよいことなのですね。だから、それと無為にた闘わないことが大切なのです。

しかし、ものごとを自然に起こるままにさせているときでも、「どちらの目で見るのか」ということが「自分にとってそれがどんな体験になるか」の大切なカギとなります。

つまり、見方が自分の体験を決めます。

「怖れ・怒り・不満」で見れば、何だってそのように見えるし。

また、「信頼・完璧さ・愛」で見れば、いつだって目にうつるものははそのようなものばかりになるのです。

だから、起きていることに身体を固くして抵抗することよりも、いちばん大切なのは、起きていることを素直に受け入れて「安らぎと信頼の目」でいつも見ることができるようになることなのです。

K子姫と私は、移動先のカフェではお喋りがヒートアップして、さらに二時間楽しい時間を過ごすことができました♡ よい昼下がりでした。

 

「気づきの日記」バックナンバーはこちら: 古川 貴子ヒプノセラピーカウンセリング )

 

姫♡気分のお出かけ絶好調

ヒプノセラピスト古川貴子のブログ

先日、こんなところにお出かけしてきました。

ちょいとヴェルサイユっぽい?! (*´∀`*)ノ

なかは、こんな感じで ・・・ 建物と噴水の雰囲気が、どことなくヴェルヴェデーレ宮殿の雰囲気に似てるかも・・・。友人も同じ意見でした。

確かに、ここは宮殿ではあります。 ・・・ 迎賓館・赤坂離宮。

友人が、なかなか見ることができない和風別館・游心亭の見学チケットをゲットしてくださったのです! うれし〜♪

日本のおもてなしの最高峰、真髄を見学することができます。 (*⁰▿⁰*)

どこもかしこも国宝級のものばかりですが、驚くほどにシンプルです。すべてをそぎ落としたすがすがしさとでもいいましょうか? ああ、日本の美って潔い。

でも、おかしな話しがいくつかあって ・・・

お玄関の渡り廊下にある真っ白な玉砂利と鮮やかな孟宗竹の壷庭。

これは設計された建築家 谷口吉郎氏の世界観で、静けさとすがすがしさが演出されている江戸風のお庭だったのだそうです。が ・・・ その後、ときの内閣総理大臣 TK氏が訪れたとき、「ここには石がなくちゃいけないだろう!」という鶴のひと声によって、大きな貴船石が三つ運びこまれ、結局江戸風の粋なお庭は、あっというまに京風のよくある枯山水の石庭に様変わりしてしまったそうな。(∩˃o˂∩)

また、建物の全面には大きな水盤が作られていて、これは建物のなかに水のゆらぎが美しく映しだされるよう設計されていたそうな。それも TN氏の「錦鯉がいないのはおかしいだろう」のひと声で、たくさんの錦鯉が放たれたそうなのです。

しかし、なんせ池としては設計されていなかったので、いっぺんに30匹も死んでしまったそう。その後、水盤はお池として深く掘りなおされて、残りの鯉は無事サバイバルしています。このゆらぎの水盤も、よくある日本庭園のお池と化したのでありました(笑)。(よく海外からの来賓と首相が、一緒に鯉にエサをやっている図がテレビでながされますね。)

そうですよね。政治家さんの庭先って、大きな石と錦鯉のイメージですものね。彼なりの豪華さの表現には必須だったのでしょうね(笑)。ちなみに、そのとき設計者の谷口氏はすでにお亡くなりになっていたそうです。

お食事のお部屋やお茶室も見せていただきました。

壁なども、ちょっとキズがあったりすると全面とりかえになるそうで、決してふれることなく廊下の真ん中をしずしずと歩きます。壁ドン、禁止ですね。(笑)

このあと、本館となる迎賓館も見学。

それはそれはきらびやかだけれど、西洋のお城のような冷たさがまったくないのは木のあたたかみが感じられるせいでしょうか?

とても見応えがあって、お腹いっぱいな感じです。これぞ、ホンモノの威力ですね。

お声かけていただいて、ありがとうございました! すっかり姫気分です。(^-^)