火曜日, 3月 14 2017

火曜日, 3月 14 2017

気づきの日記「特別になることより、つながること」

「ああ ・・・私がずっと孤独を感じていたわけが、今わかりました ・・・」とA子さん。

A子さんは40代で、外資系企業でCEOとして働く女性です。仕事もバリバリできて、オシャレで知的で、すべてを手にしているような、人もうらやむ人生に見えます。

でも彼女はずっと、暗闇のなかをたった一人で歩いているような深い孤独にさいなまれていたようです。でも、それはあまりにも慢性的になっていたために、ご本人もそんな孤独感があることに気づかず、それがそんなにも彼女の人生を暗くしていることに気づいていなかったそうな。

じつは、セッションにいらしたのはそのことではなくって、他の問題。「仕事のストレス」をどうにかしたかったから。

ところが、そのストレスについてのセッションをとおしてA子さんが気づいたのは、彼女のなかでもっとも慢性的になっていて、苦しみの原因になっていた孤独感についてであり、その原因と答えでした。

「とにかくストレスを感じるんです。いつも疲れてるんです」とAさん。

休日には、へたりこんでしまうほど頑張っている日々。それは、ずっと昔から続いていたそうです。

仕事を頑張る、勉強に精を出す、スポーツジムで鍛える、さまざまな知識をふやす、立ち居振る舞いを磨く、ダイエットにうちこむ、もっと、もっと ・・・ 。じつは、やればやっただけ、何か手応えがあったからこそ。それはまるで、筋肉を鍛える男性がマッチョまっしぐらになってゆくのと似ています。成果を手にできるからこそ、やめられない。

結果 ・・・優越感を感じる、褒められる、うらやましがられる、尊敬される、デキる人だと思われる、一目おかれる ・・・どんどん特別な人になる、スペシャルな私。

そうなれば、この人生で人の上を行ける、支配する側になれる、人生をコントロールできる、きっとこわくなくなる ・・・はず。

自分を磨きまくって、これで万々歳なはずなのですが・・・ ところが ・・・。

優越感を感じる ってことは、劣等感を感じている人がいるかもしれず。褒められる ってことは、認めてもらってないと感じている人がいるかもしれず。うらやましがられる ってことは、嫉妬を感じている人がいるかもしれず。

彼女が必死になって目指した先であるお山のてっぺんは、残念ながら定員はお一人さま。一人しかのれるスペースがないのです。

それって、「私はお山のてっぺんに君臨するから、あなたたちは全員下であきらめてくださいね。そうじゃないと、わたしが一番になれないので。みなさんは、私よりも下で、私よりも足りなくて、私よりも劣っていて、私よりも価値がない人で、そうでいてくれないと私は優れた人でなくなるから困るのです」というわけです。

もちろん、A子さんはこんなこと言葉になど出していませんし、はっきりと意識もしてもいません。でも、A子さんが頑張る気持ちの裏にあるのは「私は特別で、しもじものみなさまとは違うのです」ということだったわけです。

これで、こころが暖かくなったり、つながりを感じて安心するはずがありません。この状態では、自分をまわりとは完全に異質にして、たったひとりぼっちにしてしまい、みんなに近づけないものにしていたのです。

私たちは「価値判断」をしてしまった段階で、もうまわりとは切りはなされてしまいます。

「あの人って、わかっちゃいない」「あの人ってダメだわ」・・・無意識のうちにこころのなかで相手をジャッジしていますが、この裁きのセリフで相手と仲良く手をとることができなくなってしまいます。

ところが私たちは、どんな親しい人(パートナーであろうと、親友であろうと)でも裁いてしまうことによって、もうこころのなかでは味方ではなくなってしまい、人知れず孤立しているのです。

だから、いくら表面上で仲良くしても、こころの深い部分は知っているのです。相手に対してケンカを売ったことを。断罪したことを。そして自ら、誰ともつながれない孤独を感じているのを。結局、自分で自分を孤独に追いやってしまっていたのです。

A子さんの場合、さらに深い意識をみてみると、自分への無価値さがあり、その穴をうめるために様々な活動をつめこもうとしていたことがわかりました。そして、ほめられたり、特別に感じたりすることでエゴが喜ぶのをいいことに、一気に無価値観とはまったく反対側の間違った特別性に邁進してしまったわけです。

だから、何をするにも「何のためにするのか」ということは、とても大切になります。

せっかく一生懸命何かをするのだったら、一人ぼっちになる特別性のためではなくって、人とつながって、分かち合う、という目的のためだったら、同じことをするにしても、気持ちも、流れも、見える景色も違うものになってくるのだと感じます。

さて、あなたは何のためにそれをしているのでしょう? それをすることで、人と距離ができますか? それとも、人ともっともっと近くなって、ともに喜びあうことができますか?

それから、たったひとりだけ、自分だけの利益があるというときには、ものごとはなかなか進まないように感じるときがあります。

まったく同じ目標でも、それが同時に誰か他の人のためにもなっているとき、たとえば自分のダイエットをするときでも、その秘訣などをわかちあうとか、

そんなときには、ものごとがふだんよりうまく運んだり、どこからともなくよい方法などの助けがやってくるように感じます。

それがよりたくさんの人が喜ぶことであればあるほど、その力もふえていくように感じます。٩(๑❛ᴗ❛๑)۶

 

「気づきの日記」バックナンバーはこちら: 古川 貴子ヒプノセラピーカウンセリング

 

17-03-14 特別になることより、つながること

「ああ ・・・私がずっと孤独を感じていたわけが、今わかりました ・・・」とA子さん。

A子さんは40代で、外資系企業でCEOとして働く女性です。仕事もバリバリできて、オシャレで知的で、すべてを手にしているような、人もうらやむ人生に見えます。

でも彼女はずっと、暗闇のなかをたった一人で歩いているような深い孤独にさいなまれていたようです。でも、それはあまりにも慢性的になっていたために、ご本人もそんな孤独感があることに気づかず、それがそんなにも彼女の人生を暗くしていることに気づいていなかったそうな。

じつは、セッションにいらしたのはそのことではなくって、他の問題。「仕事のストレス」をどうにかしたかったから。

ところが、そのストレスについてのセッションをとおしてA子さんが気づいたのは、彼女のなかでもっとも慢性的になっていて、苦しみの原因になっていた孤独感についてであり、その原因と答えでした。

「とにかくストレスを感じるんです。いつも疲れてるんです」とAさん。

休日には、へたりこんでしまうほど頑張っている日々。それは、ずっと昔から続いていたそうです。

仕事を頑張る、勉強に精を出す、スポーツジムで鍛える、さまざまな知識をふやす、立ち居振る舞いを磨く、ダイエットにうちこむ、もっと、もっと ・・・ 。じつは、やればやっただけ、何か手応えがあったからこそ。それはまるで、筋肉を鍛える男性がマッチョまっしぐらになってゆくのと似ています。成果を手にできるからこそ、やめられない。

結果 ・・・優越感を感じる、褒められる、うらやましがられる、尊敬される、デキる人だと思われる、一目おかれる ・・・どんどん特別な人になる、スペシャルな私。

そうなれば、この人生で人の上を行ける、支配する側になれる、人生をコントロールできる、きっとこわくなくなる ・・・はず。

自分を磨きまくって、これで万々歳なはずなのですが・・・ ところが ・・・。

優越感を感じる ってことは、劣等感を感じている人がいるかもしれず。褒められる ってことは、認めてもらってないと感じている人がいるかもしれず。うらやましがられる ってことは、嫉妬を感じている人がいるかもしれず。

彼女が必死になって目指した先であるお山のてっぺんは、残念ながら定員はお一人さま。一人しかのれるスペースがないのです。

それって、「私はお山のてっぺんに君臨するから、あなたたちは全員下であきらめてくださいね。そうじゃないと、わたしが一番になれないので。みなさんは、私よりも下で、私よりも足りなくて、私よりも劣っていて、私よりも価値がない人で、そうでいてくれないと私は優れた人でなくなるから困るのです」というわけです。

もちろん、A子さんはこんなこと言葉になど出していませんし、はっきりと意識もしてもいません。でも、A子さんが頑張る気持ちの裏にあるのは「私は特別で、しもじものみなさまとは違うのです」ということだったわけです。

これで、こころが暖かくなったり、つながりを感じて安心するはずがありません。この状態では、自分をまわりとは完全に異質にして、たったひとりぼっちにしてしまい、みんなに近づけないものにしていたのです。

私たちは「価値判断」をしてしまった段階で、もうまわりとは切りはなされてしまいます。

「あの人って、わかっちゃいない」「あの人ってダメだわ」・・・無意識のうちにこころのなかで相手をジャッジしていますが、この裁きのセリフで相手と仲良く手をとることができなくなってしまいます。

ところが私たちは、どんな親しい人(パートナーであろうと、親友であろうと)でも裁いてしまうことによって、もうこころのなかでは味方ではなくなってしまい、人知れず孤立しているのです。

だから、いくら表面上で仲良くしても、こころの深い部分は知っているのです。相手に対してケンカを売ったことを。断罪したことを。そして自ら、誰ともつながれない孤独を感じているのを。結局、自分で自分を孤独に追いやってしまっていたのです。

A子さんの場合、さらに深い意識をみてみると、自分への無価値さがあり、その穴をうめるために様々な活動をつめこもうとしていたことがわかりました。そして、ほめられたり、特別に感じたりすることでエゴが喜ぶのをいいことに、一気に無価値観とはまったく反対側の間違った特別性に邁進してしまったわけです。

だから、何をするにも「何のためにするのか」ということは、とても大切になります。

せっかく一生懸命何かをするのだったら、一人ぼっちになる特別性のためではなくって、人とつながって、分かち合う、という目的のためだったら、同じことをするにしても、気持ちも、流れも、見える景色も違うものになってくるのだと感じます。

さて、あなたは何のためにそれをしているのでしょう? それをすることで、人と距離ができますか? それとも、人ともっともっと近くなって、ともに喜びあうことができますか?

それから、たったひとりだけ、自分だけの利益があるというときには、ものごとはなかなか進まないように感じるときがあります。

まったく同じ目標でも、それが同時に誰か他の人のためにもなっているとき、たとえば自分のダイエットをするときでも、その秘訣などをわかちあうとか、

そんなときには、ものごとがふだんよりうまく運んだり、どこからともなくよい方法などの助けがやってくるように感じます。

それがよりたくさんの人が喜ぶことであればあるほど、その力もふえていくように感じます。٩(๑❛ᴗ❛๑)۶

 

「気づきの日記」バックナンバーはこちら: 古川 貴子ヒプノセラピーカウンセリング