日曜日, 3月 19 2017

日曜日, 3月 19 2017

気づきの日記「こころのデトックス」

(株)アルファ ブライト さんにてセミナーをさせていただきました。

こちらは就労支援をしている事業所さんで、セミナーのご参加者は就労について何らかの問題をかかえていらっしゃる方々。なので、今回は少しでも前むきに、目標に向かって行けるようになるために、「こころのデトックス(お掃除)」についてのセミナーをいたしました。

日々の生活からはじまって、仕事や目標の達成がうまくいかないとき、わたしたちはあれこれ「考えすぎてしまう」あまりエネルギーを浪費してしまい、必要な活動をするのためのパワーが残っていないという状態になってしまいます。

スムーズに動けるようになるためには、「こころのお掃除」、つまりゴミ出しがかかせません。そのためには、「考える」よりは「感じる」習慣をつける必要があるのです。感じることによって、感情はやってきてはさって行くというようにスムーズに消えさっていきます。

でも、そもそも「感じる」よりも「考える」ことをはじめてしまう原因とは、「自分の感情は自分を傷つけるものだ」と信じこんでしまったためです。感情は自分にとってキケンなものなので、触れたくない。だから、隠そうとするわけです。

しかし、本当に自分を傷つけているのは、それを「感じてしまう」ことではなく、感じるのをさけて「考えでごまかしてしまう」ときです。

そうなんです。感じるのに抵抗がある場合(感じることは危ないという信念が無意識のうちにある場合)、何かが起こって感情が発生しそうになると、即座に「考え」に置きかえて感情を煙にまいてしまいます。その結果、見ないようにしておかなければならない感情がどんどんふえて、それを押さえこんでおくために多大なエネルギーを費やすこととなるのです。

たとえば、誰かからひどいひとことを言われた場合。

言われた瞬間というのは、鉛のボールを身体に当てられたように、こころはボコンとへこみ、痛みを感じます。打撃を受けたわけです。それはきっと、「悲しい」「痛い」という感情です。でもここで、あっというまにその感情は煙幕にまかれたように隠しさられます。そして、わたしたちがすぐにフォーカスするのは、その「悲しみ」「痛み」を隠すための道具である「怒りや不満」なのです。

傷ついたことなんかぜったいに認めたくない。だから、すぐに反撃に出ねば! という感じです。

これがあまりにも素早いので、わたしたちは本当に感じるということができなくなってしまいます。感じるよりも、守りの感情である怒り、不満ばかりが顔をだします。

そして、感じることができないと、「幸せ」である感じもしてきません。幸せはアタマで考えるものではなく、全面的に感じるものだからです。感じるレンジが広いほど、たっぷりと感じられるほど、幸せも感じられるようになります。

そして、傷つかないように守ることが最優先になると、剣と盾で両手がふさがった状態になり、他の活動にエネルギーが使えなくなります。「感じること」を避けた感情は、そっくりそのまま見えない意識に貯蔵されていて、それがまるで自分の重しのようになります。すると、とにかく重たい! 解放してあげるまでは両手がふさがっているような状態で、自分を守ること以外は何もできないのです。

今回のセミナーでお話したのは、「ザル」のように自由に感情を感じられるようになるためのいろいろな感情デトックスの方法。

感情に自由に語らせてみたり、エネルギーとしてあるがままに感じてみたり、感情の強度を弱めてみたり、一気に消す練習をしてみたり ・・・。

本当に「感じる」ってどういうことなのか ・・・ それはまったく言葉を使わず、判断もなくい、身体にそのエネルギーのバイブレーションを受けとめさせてあげること。

そして、やってきては去って行く感情を、ほんとうに「ザル」のごとく受け流してあげること。

こころの風とおしがよくなることは生活のすべてにおいて、見える景色が違ってくることです。

「こころによって見える世界が違うんですね」「外がわのことと、体験はイコールではないのですね」「イヤな感情を感じたとき、誰かに話しをしたり、身体を動かして汗を流したりしていましたが、それでは本当の解決ではなかったのですね。感じることが解決なんですね」「軽くなりました。すっきりしました」と、それぞれ気づきをえていただけたようです。

「感じる」ということをしっかりと行っていくと、本当の自分とのギャップもだんだん少なくなってきます。

それは、何かが起こったとき、今までは「考える」というヘンな迂回路をつくって、ほんとうの自分には誰も近づけないようにバリケードを築いていたのです。でも、どんどん感じられるようになると、本来の自分とのすきまがなくなります。自分自身との葛藤もへっていきます。

本当の自分で生きられるようになってくると、今まで問題だと見なしていたこともただの状況にすぎないということがわかってきます。ものごとがシンプルになります。少しづつまわりの状況が、流れるように変わりはじめるのです。

人生の流れをよくするということと、「感情を感じる」ということは、とても深くつながりあっているのですね。

 

「気づきの日記」バックナンバーはこちら: 古川 貴子ヒプノセラピーカウンセリング

 

17-03-19 こころのデトックス

(株)アルファ ブライト さんにてセミナーをさせていただきました。

こちらは就労支援をしている事業所さんで、セミナーのご参加者は就労について何らかの問題をかかえていらっしゃる方々。なので、今回は少しでも前むきに、目標に向かって行けるようになるために、「こころのデトックス(お掃除)」についてのセミナーをいたしました。

日々の生活からはじまって、仕事や目標の達成がうまくいかないとき、わたしたちはあれこれ「考えすぎてしまう」あまりエネルギーを浪費してしまい、必要な活動をするのためのパワーが残っていないという状態になってしまいます。

スムーズに動けるようになるためには、「こころのお掃除」、つまりゴミ出しがかかせません。そのためには、「考える」よりは「感じる」習慣をつける必要があるのです。感じることによって、感情はやってきてはさって行くというようにスムーズに消えさっていきます。

でも、そもそも「感じる」よりも「考える」ことをはじめてしまう原因とは、「自分の感情は自分を傷つけるものだ」と信じこんでしまったためです。感情は自分にとってキケンなものなので、触れたくない。だから、隠そうとするわけです。

しかし、本当に自分を傷つけているのは、それを「感じてしまう」ことではなく、感じるのをさけて「考えでごまかしてしまう」ときです。

そうなんです。感じるのに抵抗がある場合(感じることは危ないという信念が無意識のうちにある場合)、何かが起こって感情が発生しそうになると、即座に「考え」に置きかえて感情を煙にまいてしまいます。その結果、見ないようにしておかなければならない感情がどんどんふえて、それを押さえこんでおくために多大なエネルギーを費やすこととなるのです。

たとえば、誰かからひどいひとことを言われた場合。

言われた瞬間というのは、鉛のボールを身体に当てられたように、こころはボコンとへこみ、痛みを感じます。打撃を受けたわけです。それはきっと、「悲しい」「痛い」という感情です。でもここで、あっというまにその感情は煙幕にまかれたように隠しさられます。そして、わたしたちがすぐにフォーカスするのは、その「悲しみ」「痛み」を隠すための道具である「怒りや不満」なのです。

傷ついたことなんかぜったいに認めたくない。だから、すぐに反撃に出ねば! という感じです。

これがあまりにも素早いので、わたしたちは本当に感じるということができなくなってしまいます。感じるよりも、守りの感情である怒り、不満ばかりが顔をだします。

そして、感じることができないと、「幸せ」である感じもしてきません。幸せはアタマで考えるものではなく、全面的に感じるものだからです。感じるレンジが広いほど、たっぷりと感じられるほど、幸せも感じられるようになります。

そして、傷つかないように守ることが最優先になると、剣と盾で両手がふさがった状態になり、他の活動にエネルギーが使えなくなります。「感じること」を避けた感情は、そっくりそのまま見えない意識に貯蔵されていて、それがまるで自分の重しのようになります。すると、とにかく重たい! 解放してあげるまでは両手がふさがっているような状態で、自分を守ること以外は何もできないのです。

今回のセミナーでお話したのは、「ザル」のように自由に感情を感じられるようになるためのいろいろな感情デトックスの方法。

感情に自由に語らせてみたり、エネルギーとしてあるがままに感じてみたり、感情の強度を弱めてみたり、一気に消す練習をしてみたり ・・・。

本当に「感じる」ってどういうことなのか ・・・ それはまったく言葉を使わず、判断もなくい、身体にそのエネルギーのバイブレーションを受けとめさせてあげること。

そして、やってきては去って行く感情を、ほんとうに「ザル」のごとく受け流してあげること。

こころの風とおしがよくなることは生活のすべてにおいて、見える景色が違ってくることです。

「こころによって見える世界が違うんですね」「外がわのことと、体験はイコールではないのですね」「イヤな感情を感じたとき、誰かに話しをしたり、身体を動かして汗を流したりしていましたが、それでは本当の解決ではなかったのですね。感じることが解決なんですね」「軽くなりました。すっきりしました」と、それぞれ気づきをえていただけたようです。

「感じる」ということをしっかりと行っていくと、本当の自分とのギャップもだんだん少なくなってきます。

それは、何かが起こったとき、今までは「考える」というヘンな迂回路をつくって、ほんとうの自分には誰も近づけないようにバリケードを築いていたのです。でも、どんどん感じられるようになると、本来の自分とのすきまがなくなります。自分自身との葛藤もへっていきます。

本当の自分で生きられるようになってくると、今まで問題だと見なしていたこともただの状況にすぎないということがわかってきます。ものごとがシンプルになります。少しづつまわりの状況が、流れるように変わりはじめるのです。

人生の流れをよくするということと、「感情を感じる」ということは、とても深くつながりあっているのですね。

 

「気づきの日記」バックナンバーはこちら: 古川 貴子ヒプノセラピーカウンセリング

 

17-03-18 【終了】「こころのデトックス セミナー」@(株)アルファブライトさん

(株)アルファ ブライト さんにてセミナーをさせていただきました。

こちらは就労支援をしている事業所さんで、セミナーのご参加者は就労について何らかの問題をかかえていらっしゃる方々。なので、今回は少しでも前むきに、目標に向かって行けるようになるために、「こころのデトックス(お掃除)」についてのセミナーをいたしました。

日々の生活からはじまって、仕事や目標の達成がうまくいかないとき、わたしたちはあれこれ「考えすぎてしまう」あまりエネルギーを浪費してしまい、必要な活動をするのためのパワーが残っていないという状態になってしまいます。

スムーズに動けるようになるためには、「こころのお掃除」、つまりゴミ出しがかかせません。そのためには、「考える」よりは「感じる」習慣をつける必要があるのです。感じることによって、感情はやってきてはさって行くというようにスムーズに消えさっていきます。

でも、そもそも「感じる」よりも「考える」ことをはじめてしまう原因とは、「自分の感情は自分を傷つけるものだ」と信じこんでしまったためです。感情は自分にとってキケンなものなので、触れたくない。だから、隠そうとするわけです。

しかし、本当に自分を傷つけているのは、それを「感じてしまう」ことではなく、感じるのをさけて「考えでごまかしてしまう」ときです。

そうなんです。感じるのに抵抗がある場合(感じることは危ないという信念が無意識のうちにある場合)、何かが起こって感情が発生しそうになると、即座に「考え」に置きかえて感情を煙にまいてしまいます。その結果、見ないようにしておかなければならない感情がどんどんふえて、それを押さえこんでおくために多大なエネルギーを費やすこととなるのです。

たとえば、誰かからひどいひとことを言われた場合。

言われた瞬間というのは、鉛のボールを身体に当てられたように、こころはボコンとへこみ、痛みを感じます。打撃を受けたわけです。それはきっと、「悲しい」「痛い」という感情です。でもここで、あっというまにその感情は煙幕にまかれたように隠しさられます。そして、わたしたちがすぐにフォーカスするのは、その「悲しみ」「痛み」を隠すための道具である「怒りや不満」なのです。

傷ついたことなんかぜったいに認めたくない。だから、すぐに反撃に出ねば! という感じです。

これがあまりにも素早いので、わたしたちは本当に感じるということができなくなってしまいます。感じるよりも、守りの感情である怒り、不満ばかりが顔をだします。

そして、感じることができないと、「幸せ」である感じもしてきません。幸せはアタマで考えるものではなく、全面的に感じるものだからです。感じるレンジが広いほど、たっぷりと感じられるほど、幸せも感じられるようになります。

そして、傷つかないように守ることが最優先になると、剣と盾で両手がふさがった状態になり、他の活動にエネルギーが使えなくなります。「感じること」を避けた感情は、そっくりそのまま見えない意識に貯蔵されていて、それがまるで自分の重しのようになります。すると、とにかく重たい! 解放してあげるまでは両手がふさがっているような状態で、自分を守ること以外は何もできないのです。

今回のセミナーでお話したのは、「ザル」のように自由に感情を感じられるようになるためのいろいろな感情デトックスの方法。

感情に自由に語らせてみたり、エネルギーとしてあるがままに感じてみたり、感情の強度を弱めてみたり、一気に消す練習をしてみたり ・・・。

本当に「感じる」ってどういうことなのか ・・・ それはまったく言葉を使わず、判断もなくい、身体にそのエネルギーのバイブレーションを受けとめさせてあげること。

そして、やってきては去って行く感情を、ほんとうに「ザル」のごとく受け流してあげること。

こころの風とおしがよくなることは生活のすべてにおいて、見える景色が違ってくることです。

「こころによって見える世界が違うんですね」「外がわのことと、体験はイコールではないのですね」「イヤな感情を感じたとき、誰かに話しをしたり、身体を動かして汗を流したりしていましたが、それでは本当の解決ではなかったのですね。感じることが解決なんですね」「軽くなりました。すっきりしました」と、それぞれ気づきをえていただけたようです。

「感じる」ということをしっかりと行っていくと、本当の自分とのギャップもだんだん少なくなってきます。

それは、何かが起こったとき、今までは「考える」というヘンな迂回路をつくって、ほんとうの自分には誰も近づけないようにバリケードを築いていたのです。でも、どんどん感じられるようになると、本来の自分とのすきまがなくなります。自分自身との葛藤もへっていきます。

本当の自分で生きられるようになってくると、今まで問題だと見なしていたこともただの状況にすぎないということがわかってきます。ものごとがシンプルになります。少しづつまわりの状況が、流れるように変わりはじめるのです。

人生の流れをよくするということと、「感情を感じる」ということは、とても深くつながりあっているのですね。

 

「気づきの日記」バックナンバーはこちら: 古川 貴子ヒプノセラピーカウンセリング