木曜日, 4月 13 2017

木曜日, 4月 13 2017

気づきの日記「人生がコワくなったとき・・・」その2

(その1より)

存在しているのは、「今」という時間だけ・・・

だから、いつだって私たちが生きたことがあるのは「今」しかなく、いつも私たちが存在しているのは「今」だけです。そして ・・・今までも、そして今も、「今」はいつでも大丈夫なのです。

未来の不安にアタマまでどっぷりつかるあまり、目のまえ真っ暗で、右も左もわからなくなってしまっているクライエントさんにこんなふうに尋ねます。

「今、たった今、この瞬間に、なにか困っていること、不足してものはありますか?」と。そして一緒に確認します。

「たった今、どこか痛いですか?」「いいえ」、「たった今、この瞬間、死にそうなぐらい危険ですか?」「いいえ」、「たった今、飢え死にしそうですか?」「いいえ」、「たった今、この瞬間にみじめな体験をしいられていますか?」「いいえ」、「たった今、服をはぎとられていますか?」「いいえ」、「たった今、お財布がカラですか?」「いいえ」、「たった今、死んじゃいそうですか?」「いいえ」、「たった今、この瞬間になにか必要なものがありますか?」「いいえ」

「・・・今は、ぜんぜん大丈夫です」とクライエントさん。「じゃあ、いつ大丈夫じゃないんでしょうね?」「・・・?? それはいつかわかりませんが ・・・ああ、今は本当に大丈夫です(笑)」と。

私たちが不安を感じているときには、すばらしく想像力がたくましくなっていて、瞬時にストーリーをでっちあげます。そして、何が起こっていることなのか、何が想像にすぎないのか、まったく見分けがつかなくなってしまうのです。だから、今にいるにもかかわらず、ありもしない未来のバーチャルリアリティを信じきっています。

私たちはどうやら、「瞬間、瞬間」にOKであれば、それでよいようなのです。他の瞬間なんてあるのかどうかわかりませんが、それを心配するのは私たちのお役目ではないようなので、心配しはじめると今にある豊かさが見えなくなり、一気にこころのバランスを失います。

だから、「現在」というたった今のこの瞬間を離れて、「過去」にも「未来」にもお出かけをしてはいけないのです。

エゴが語る過去の後悔や未来への不安が、どれほど私たちが健全に生きる気力を萎えさせていることか! エゴの意地悪なセリフにばかり耳を傾けて、存在してもいない架空の世界をさまよい続けることが、不安をあおり、見るものすべてに影をおとすようになります。

私たちにできるのは、「今」だけにしっかりと存在し、「今」を体験すること。そして、この瞬間にあらわれるさまざまな好ましくない思考・感情・感覚については、エゴが発するものと認識して、闘うことも抵抗することもなく、ただ受け入れて、赦してあげること。つかむことなく、ただ自分のなかを通過させてあげること。

つまり、こころのなかに浮かんでくる考えを無防備になんでも受け入れないということなのです。はっきりと意識していなくても、私たちのなかには「愛」の自分と「怖れ」の自分という、二人の人格が存在しているからです。そして、いつも「怖れ」の自分であるエゴの声ばかり聞いていると、もうひとつの声はまったく聞こえなくなります。

「愛」の声である本当の自分(高い意識)に、今、この瞬間に起きていることに対する正しい見方を教えてもらうとともに、真の自分の姿を見せてもらえるようにとお願いすることが大切です。「怖れ」であるエゴの脅しの声をスルーして、「愛」である本当の自分の声に耳を傾け続けることで、そちらのボリュームが徐々にあがり、指示を受けとれるようになります。そしてやがて、その声が自分そのものとなるのです。

だから、自分で頑張ろうとするよりも、正気の自分である高い意識にすべてを丸なげして導いてもらうことが大切なのです。

ほんとうは、「痛み、苦しみ」というのは、自分のなかにどんな邪魔っけなゴミがあるのかを教えてくれるのに役立つものです。気づくことができるまでは、ゴミがあってもあることにさえ気づけていないのです。

ついに、お片づけの準備がととのうと、ゴミが意識の表面、気がつけるところに浮上してくるので「あ!ゴミだ!」と気づくことができます。それこそが、わたしたちが日々直面する問題(痛み、苦しみ)というものなのです。

問題が続くようなときには、まだ古い同じやり方をしていて、問題に抵抗し続けているときです。「ゴミを認識して片づける」というお片づけモードにはいっていないのです。

ゴミのお片づけをしたいときには、あの片づけの達人「こんまりさん」の断捨離のように、一回すべてを目のまえに並べて「いるかいらないか」しっかりと見きわめること。

「ああ〜、こんな痛みがあったのだな〜」と確認して、あるがままに感じてから、手放してあげます。

こころの倉庫がまんぱいになっていると、次々と困難に見舞われたり、苦しい気持ちが続いたりします。そういうときには、断捨離の時期ととらえて「認めて、感じて、手放す」というこころのお掃除の時間を意図的にとってあげることです(お部屋に定期的なお掃除が必要なら、こころにとってはなおさら重要なのです)。

そして、「理想の私」「理想の人生」などは手放して、この私の人生が生きてくれるように生きる、つまり流れに明け渡してしまうことが、じつはラクな人生の秘訣のようです。それは、「まさに、すべてはなるようになっている」という宇宙の優しい叡智がしっかりとささえてくれる人生でもあるのです。

人生がどんどんコワくなっていくき、私たちはじつは自分に対して超イジワルなエゴちゃんと仲良くしすぎて、一心同体なとき。まるで恋人のささやきを聞くがごとく、エゴちゃんの恐怖の言葉にしか耳を傾けていないのです。

エゴは黙りません。容赦しません。とくに、私たちが幸せになろうと努力しているとき、そしてなんだかヨイ感じになってきたな〜と思ってるときこそ、思いっきりこころをくじく言葉をささやき始めます。

でも、それに「耳を傾けない」という自由があったのです。たとえ聞こえてしまっても、「受けいれない」という選択肢があるのです。

そのためには、つねに用心深くなることも必要です。すべての思考を鵜のみにすることなく、どれがウソなのかをしっかりと見抜けるようになることも大切なのですね。

そして、見抜いたら、あのひとことです! 遠慮なく、思いっきり言ってやりましょう!

「うるさい!黙れ!」 (*´∀`*)ノ

PS 労働時間を減らされて、収入が減ってしまう・・・と落ちこんでいたAちゃん。息子さんから、「最近、疲れが顔に出てたから、周りが気をつかってくれたんじゃない?」と言われて、「そうかな」なんて思ったそうです。・・・どんなセラピーよりも、息子さんのありのままのひとことこそ真実だし、大きな癒しですね! (*´︶`*)  さらに、今日のご報告では、先走って考えることをやめたら、よいことが見えるようになった♪ とのこと! よかったね〜♡

 

「気づきの日記」バックナンバーはこちら: 古川 貴子ヒプノセラピーカウンセリング

 

17-04-11 人生がコワくなるとき・・・ その2

(その1より)

存在しているのは、「今」という時間だけ・・・

だから、いつだって私たちが生きたことがあるのは「今」しかなく、いつも私たちが存在しているのは「今」だけです。そして ・・・今までも、そして今も、「今」はいつでも大丈夫なのです。

未来の不安にアタマまでどっぷりつかるあまり、目のまえ真っ暗で、右も左もわからなくなってしまっているクライエントさんにこんなふうに尋ねます。

「今、たった今、この瞬間に、なにか困っていること、不足してものはありますか?」と。そして一緒に確認します。

「たった今、どこか痛いですか?」「いいえ」、「たった今、この瞬間、死にそうなぐらい危険ですか?」「いいえ」、「たった今、飢え死にしそうですか?」「いいえ」、「たった今、この瞬間にみじめな体験をしいられていますか?」「いいえ」、「たった今、服をはぎとられていますか?」「いいえ」、「たった今、お財布がカラですか?」「いいえ」、「たった今、死んじゃいそうですか?」「いいえ」、「たった今、この瞬間になにか必要なものがありますか?」「いいえ」

「・・・今は、ぜんぜん大丈夫です」とクライエントさん。「じゃあ、いつ大丈夫じゃないんでしょうね?」「・・・?? それはいつかわかりませんが ・・・ああ、今は本当に大丈夫です(笑)」と。

私たちが不安を感じているときには、すばらしく想像力がたくましくなっていて、瞬時にストーリーをでっちあげます。そして、何が起こっていることなのか、何が想像にすぎないのか、まったく見分けがつかなくなってしまうのです。だから、今にいるにもかかわらず、ありもしない未来のバーチャルリアリティを信じきっています。

私たちはどうやら、「瞬間、瞬間」にOKであれば、それでよいようなのです。他の瞬間なんてあるのかどうかわかりませんが、それを心配するのは私たちのお役目ではないようなので、心配しはじめると今にある豊かさが見えなくなり、一気にこころのバランスを失います。

だから、「現在」というたった今のこの瞬間を離れて、「過去」にも「未来」にもお出かけをしてはいけないのです。

エゴが語る過去の後悔や未来への不安が、どれほど私たちが健全に生きる気力を萎えさせていることか! エゴの意地悪なセリフにばかり耳を傾けて、存在してもいない架空の世界をさまよい続けることが、不安をあおり、見るものすべてに影をおとすようになります。

私たちにできるのは、「今」だけにしっかりと存在し、「今」を体験すること。そして、この瞬間にあらわれるさまざまな好ましくない思考・感情・感覚については、エゴが発するものと認識して、闘うことも抵抗することもなく、ただ受け入れて、赦してあげること。つかむことなく、ただ自分のなかを通過させてあげること。

つまり、こころのなかに浮かんでくる考えを無防備になんでも受け入れないということなのです。はっきりと意識していなくても、私たちのなかには「愛」の自分と「怖れ」の自分という、二人の人格が存在しているからです。そして、いつも「怖れ」の自分であるエゴの声ばかり聞いていると、もうひとつの声はまったく聞こえなくなります。

「愛」の声である本当の自分(高い意識)に、今、この瞬間に起きていることに対する正しい見方を教えてもらうとともに、真の自分の姿を見せてもらえるようにとお願いすることが大切です。「怖れ」であるエゴの脅しの声をスルーして、「愛」である本当の自分の声に耳を傾け続けることで、そちらのボリュームが徐々にあがり、指示を受けとれるようになります。そしてやがて、その声が自分そのものとなるのです。

だから、自分で頑張ろうとするよりも、正気の自分である高い意識にすべてを丸なげして導いてもらうことが大切なのです。

ほんとうは、「痛み、苦しみ」というのは、自分のなかにどんな邪魔っけなゴミがあるのかを教えてくれるのに役立つものです。気づくことができるまでは、ゴミがあってもあることにさえ気づけていないのです。

ついに、お片づけの準備がととのうと、ゴミが意識の表面、気がつけるところに浮上してくるので「あ!ゴミだ!」と気づくことができます。それこそが、わたしたちが日々直面する問題(痛み、苦しみ)というものなのです。

問題が続くようなときには、まだ古い同じやり方をしていて、問題に抵抗し続けているときです。「ゴミを認識して片づける」というお片づけモードにはいっていないのです。

ゴミのお片づけをしたいときには、あの片づけの達人「こんまりさん」の断捨離のように、一回すべてを目のまえに並べて「いるかいらないか」しっかりと見きわめること。

「ああ〜、こんな痛みがあったのだな〜」と確認して、あるがままに感じてから、手放してあげます。

こころの倉庫がまんぱいになっていると、次々と困難に見舞われたり、苦しい気持ちが続いたりします。そういうときには、断捨離の時期ととらえて「認めて、感じて、手放す」というこころのお掃除の時間を意図的にとってあげることです(お部屋に定期的なお掃除が必要なら、こころにとってはなおさら重要なのです)。

そして、「理想の私」「理想の人生」などは手放して、この私の人生が生きてくれるように生きる、つまり流れに明け渡してしまうことが、じつはラクな人生の秘訣のようです。それは、「まさに、すべてはなるようになっている」という宇宙の優しい叡智がしっかりとささえてくれる人生でもあるのです。

人生がどんどんコワくなっていくき、私たちはじつは自分に対して超イジワルなエゴちゃんと仲良くしすぎて、一心同体なとき。まるで恋人のささやきを聞くがごとく、エゴちゃんの恐怖の言葉にしか耳を傾けていないのです。

エゴは黙りません。容赦しません。とくに、私たちが幸せになろうと努力しているとき、そしてなんだかヨイ感じになってきたな〜と思ってるときこそ、思いっきりこころをくじく言葉をささやき始めます。

でも、それに「耳を傾けない」という自由があったのです。たとえ聞こえてしまっても、「受けいれない」という選択肢があるのです。

そのためには、つねに用心深くなることも必要です。すべての思考を鵜のみにすることなく、どれがウソなのかをしっかりと見抜けるようになることも大切なのですね。

そして、見抜いたら、あのひとことです! 遠慮なく、思いっきり言ってやりましょう!

「うるさい!黙れ!」 (*´∀`*)ノ

PS 労働時間を減らされて、収入が減ってしまう・・・と落ちこんでいたAちゃん。息子さんから、「最近、疲れが顔に出てたから、周りが気をつかってくれたんじゃない?」と言われて、「そうかな」なんて思ったそうです。・・・どんなセラピーよりも、息子さんのありのままのひとことこそ真実だし、大きな癒しですね! (*´︶`*)  さらに、今日のご報告では、先走って考えることをやめたら、よいことが見えるようになった♪ とのこと! よかったね〜♡

 

「気づきの日記」バックナンバーはこちら: 古川 貴子ヒプノセラピーカウンセリング