木曜日, 10月 12 2017

木曜日, 10月 12 2017

気づきの日記「機嫌のわるい相手、どう対処する?」

クライエントのA子さんからのご質問。

「先生に教えて頂いた考え方、感情の扱い方のお陰で、大分穏やかな日々が送れています。しかし、感情的になっている相手を目の前にすると、つい感情的に応酬し、泥沼化してしまいます。どのように対処したらよいのでしょうか? 泣き喚いている子供や、体調が悪く攻撃的になっている夫に対してです」

感情を爆発させている、あるいは攻撃的になっている相手に対するマニュアル的な対処法はないのです。

なぜなら、そのときどきで相手が必要としていることは違うからです。

「静かにその場を離れるほうがいい」ときもあれば、「しっかりと目をあわせて相手の言いたいことを聞く」必要があるときもあるし、「ただ黙って、かたわらにいるだけ」でいいときもあります。

ただ、ひとつ言えることは、自分の痛みから反応するのか、あるいは自分の愛であるところから答えるのか ・・・ それは選択することができます。

この世界にあるもので、特定の意味をもっているものはありません。すべてのものはニュートラルです。

一見最初からくっついているように見えるその「意味」は、じつはすべて自分が与えているものです。つまり、「目にするすべては、自分のこころが反映したかたちで目に映る」というわけです。

今朝ニュースを見ていたら、東名高速で起きた追突事故を報じていました。どうやらその事故の発端は、サービスエリアでかけられた言葉、注意のひとことだったようです。おそらく、「そこに車を止めていると危ないから移動して」というようなことだったのでしょう。

客観的なその言葉の意味は、「移動が必要」、それだけです。でも、この男性にとってのこの言葉の意味は、「侮辱、攻撃」だったのでしょう。

どうやら、彼がももともと抑圧していた「痛み、自己嫌悪、価値がない感覚」にすぐに結びついてしまったようで、彼は猛スピードで追跡して、復讐を開始します。その結末がこの事故となったわけです。

この男性にとって「注意される」ということの意味は歪められ、「攻撃」「おとしめ」に結びつくような癒されていないこころの痛みがあったように見うけられます。

この出来事からもわかるように、私たちは「起こっていることに反応しているのではなく、自分のなかで信じていることに反応している」ことがわかります。

この場合は、「人からひどい扱いしか受けない自分」というストーリーがあり、強い口調で何か言われると、あ!また攻撃がきた!と「やられるまえにやっちゃえ」という反応が出てくるわけです。

自分のこころの痛みから見ると、「外で起きていることが、痛みの原因である」と信じてしまうのです。だから、つねに外側で起きていることを自分に対する攻撃ととらえ、すぐさま被害者になってしまい、反撃にでます。

でも本当のところは、「攻撃的な気持ちがなければ、外でどんなことが起こっていても自分にどのような影響も及ぼすことはない」ということなのです。

自分が癒されてくると、外側でどのようなことが起きていても、余計な意味をくっつけずにそのまま見られるようになります。

そして、その場でどのように行動するべきなのか ・・・ 自然にニュートラルな痛みのない気持ちで、愛のある行動をとることができます。

また、相手のひどい態度に対しても、「自分に対しての攻撃」とはとらなくなります。ただ、痛みを感じていて、ひどい気分なのね、と思うようになります。

なので、A子さんが外側のことで痛みを感じているのであれば、まず立ち止まること。

そして、「動揺している自分はエゴになっている。ズレているのだな」と気づき、自分の正気である高い意識とつながって、本当の自分(愛である自分)に戻してもらうようお願いし、本当のこと(これは攻撃ではないこと)が見られるように助けてもらいます。そして、必要な行動、対処を教えてもらいましょう。

相手の態度にホンロウされてしまうときには、相手に刺激されて自分の痛みがダダモレになっているというサインです。

自分のなかに癒されていない怒りがあるからこそ、相手のなかに怒りを見てしまいます。自分のなかに葛藤があるから、相手のなかにも葛藤を見てしまいます。

しかし、A子さんに限らず誰のなかにももれなく、怖れや罪の意識、無価値観などの痛みがかならず存在しています。しかし、それらはまだしっかりと封印されていて、一見なにも問題などなく、とても穏やかな幸せそうな人に見える場合もあります。

でも、いつかは(今回の人生ではないかもしれません)、それら向き合って、それらのお掃除をはじめなくてはならない日がやってきます。そうなると、それらがこころの表面に浮上してきて、それらの感情を感じることになります。

だから、A子さんは自分のこころが波立つたびに、「あ、私のなかの抑圧されていたものが顔をだしている!お片づけのチャンスだわ」とそれを自分の癒しに役立てることができます。永久に痛みからさよならするために(だから、ゆめゆめ、抵抗して押し戻しすことをしませんひょうに!)。

何度自分がズレてしまっても、そのたびごとに高い意識に正気に戻してもらうこと(はい、実際、根気がいります。一朝一夕にはいきません)。

そして「今、愛する気持ちで見るなら、何ができるのだろう?」と感じてみてください。

思うようにならずに泣き叫ぶお子さんには、「ただやさしく抱きしめてあげたい」と感じるかもしれないし、もう少し「丁寧にコミュニケーションしよう」と思うかもしれないし、「そのままやさしく見守るのがいい」とわかるかもしれません。

具合の悪さで攻撃的になっているだんなさまに対しても、ただ「私に何をしてほしい?」「どうしたら力になることができる?」と穏やかに尋ねることかもしれません。

いずれにしても、自分のこころが癒されることで、外はキケンなところではなくなります。

ハチャメチャになってしまっているときには、自力でどうにかしようと頑張ってしまうよりも、すぐに自分の強い味方である高い意識の手をとり、「ズレまくっています!本当の自分に戻してください」とお願いしてみましょう。

そして、そこから言葉を発する、行動を起こすときには、攻撃的なサイクルに足をとられることなく、愛ある方向に相手とともにすすむことができると思います。

A子さん、エゴは失敗したと思わせてさらにいやな気分にさせることをもくろんでいます。

なので、ひどい対応しちゃっても大丈夫、感情の処理をしつつ、高い意識におうかがいをたてながら、トライ&エラーです!

そして、さらに大切なことは、ご自分を責めないことです。そこで困ってしまっている、悲鳴をあげたいご自分の気持ちを、まずはやさしく聞いてあげてくださいね。♡♡♡

 

 

「気づきの日記」バックナンバーはこちら: 古川 貴子 ヒプノセラピーカウンセリング

 

17-10-12 機嫌のわるい相手、どう対処する?

クライエントのA子さんからのご質問。

「先生に教えて頂いた考え方、感情の扱い方のお陰で、大分穏やかな日々が送れています。しかし、感情的になっている相手を目の前にすると、つい感情的に応酬し、泥沼化してしまいます。どのように対処したらよいのでしょうか? 泣き喚いている子供や、体調が悪く攻撃的になっている夫に対してです」

感情を爆発させている、あるいは攻撃的になっている相手に対するマニュアル的な対処法はないのです。

なぜなら、そのときどきで相手が必要としていることは違うからです。

「静かにその場を離れるほうがいい」ときもあれば、「しっかりと目をあわせて相手の言いたいことを聞く」必要があるときもあるし、「ただ黙って、かたわらにいるだけ」でいいときもあります。

ただ、ひとつ言えることは、自分の痛みから反応するのか、あるいは自分の愛であるところから答えるのか ・・・ それは選択することができます。

この世界にあるもので、特定の意味をもっているものはありません。すべてのものはニュートラルです。

一見最初からくっついているように見えるその「意味」は、じつはすべて自分が与えているものです。つまり、「目にするすべては、自分のこころが反映したかたちで目に映る」というわけです。

今朝ニュースを見ていたら、東名高速で起きた追突事故を報じていました。どうやらその事故の発端は、サービスエリアでかけられた言葉、注意のひとことだったようです。おそらく、「そこに車を止めていると危ないから移動して」というようなことだったのでしょう。

客観的なその言葉の意味は、「移動が必要」、それだけです。でも、この男性にとってのこの言葉の意味は、「侮辱、攻撃」だったのでしょう。

どうやら、彼がももともと抑圧していた「痛み、自己嫌悪、価値がない感覚」にすぐに結びついてしまったようで、彼は猛スピードで追跡して、復讐を開始します。その結末がこの事故となったわけです。

この男性にとって「注意される」ということの意味は歪められ、「攻撃」「おとしめ」に結びつくような癒されていないこころの痛みがあったように見うけられます。

この出来事からもわかるように、私たちは「起こっていることに反応しているのではなく、自分のなかで信じていることに反応している」ことがわかります。

この場合は、「人からひどい扱いしか受けない自分」というストーリーがあり、強い口調で何か言われると、あ!また攻撃がきた!と「やられるまえにやっちゃえ」という反応が出てくるわけです。

自分のこころの痛みから見ると、「外で起きていることが、痛みの原因である」と信じてしまうのです。だから、つねに外側で起きていることを自分に対する攻撃ととらえ、すぐさま被害者になってしまい、反撃にでます。

でも本当のところは、「攻撃的な気持ちがなければ、外でどんなことが起こっていても自分にどのような影響も及ぼすことはない」ということなのです。

自分が癒されてくると、外側でどのようなことが起きていても、余計な意味をくっつけずにそのまま見られるようになります。

そして、その場でどのように行動するべきなのか ・・・ 自然にニュートラルな痛みのない気持ちで、愛のある行動をとることができます。

また、相手のひどい態度に対しても、「自分に対しての攻撃」とはとらなくなります。ただ、痛みを感じていて、ひどい気分なのね、と思うようになります。

なので、A子さんが外側のことで痛みを感じているのであれば、まず立ち止まること。

そして、「動揺している自分はエゴになっている。ズレているのだな」と気づき、自分の正気である高い意識とつながって、本当の自分(愛である自分)に戻してもらうようお願いし、本当のこと(これは攻撃ではないこと)が見られるように助けてもらいます。そして、必要な行動、対処を教えてもらいましょう。

相手の態度にホンロウされてしまうときには、相手に刺激されて自分の痛みがダダモレになっているというサインです。

自分のなかに癒されていない怒りがあるからこそ、相手のなかに怒りを見てしまいます。自分のなかに葛藤があるから、相手のなかにも葛藤を見てしまいます。

しかし、A子さんに限らず誰のなかにももれなく、怖れや罪の意識、無価値観などの痛みがかならず存在しています。しかし、それらはまだしっかりと封印されていて、一見なにも問題などなく、とても穏やかな幸せそうな人に見える場合もあります。

でも、いつかは(今回の人生ではないかもしれません)、それら向き合って、それらのお掃除をはじめなくてはならない日がやってきます。そうなると、それらがこころの表面に浮上してきて、それらの感情を感じることになります。

だから、A子さんは自分のこころが波立つたびに、「あ、私のなかの抑圧されていたものが顔をだしている!お片づけのチャンスだわ」とそれを自分の癒しに役立てることができます。永久に痛みからさよならするために(だから、ゆめゆめ、抵抗して押し戻しすことをしませんひょうに!)。

何度自分がズレてしまっても、そのたびごとに高い意識に正気に戻してもらうこと(はい、実際、根気がいります。一朝一夕にはいきません)。

そして「今、愛する気持ちで見るなら、何ができるのだろう?」と感じてみてください。

思うようにならずに泣き叫ぶお子さんには、「ただやさしく抱きしめてあげたい」と感じるかもしれないし、もう少し「丁寧にコミュニケーションしよう」と思うかもしれないし、「そのままやさしく見守るのがいい」とわかるかもしれません。

具合の悪さで攻撃的になっているだんなさまに対しても、ただ「私に何をしてほしい?」「どうしたら力になることができる?」と穏やかに尋ねることかもしれません。

いずれにしても、自分のこころが癒されることで、外はキケンなところではなくなります。

ハチャメチャになってしまっているときには、自力でどうにかしようと頑張ってしまうよりも、すぐに自分の強い味方である高い意識の手をとり、「ズレまくっています!本当の自分に戻してください」とお願いしてみましょう。

そして、そこから言葉を発する、行動を起こすときには、攻撃的なサイクルに足をとられることなく、愛ある方向に相手とともにすすむことができると思います。

A子さん、エゴは失敗したと思わせてさらにいやな気分にさせることをもくろんでいます。

なので、ひどい対応しちゃっても大丈夫、感情の処理をしつつ、高い意識におうかがいをたてながら、トライ&エラーです!

そして、さらに大切なことは、ご自分を責めないことです。そこで困ってしまっている、悲鳴をあげたいご自分の気持ちを、まずはやさしく聞いてあげてくださいね。♡♡♡

 

 

「気づきの日記」バックナンバーはこちら: 古川 貴子 ヒプノセラピーカウンセリング