気づきの日記「怒りをぶつけられたら? 〜119番のオペレーターになる〜」

機嫌の悪い人から理不尽にもあたりちらされた、という経験は誰にでもあると思います。

怒りをぶつけられるとつい相手に巻きこまれ、自分も怒りで応戦しがちです。すると、怒りをかかえた不幸せな人が、一人から二人へと増えてしまいます。

人はなぜ怒りをぶつけたくなるのでしょう?

機嫌の悪い人はその不快感を持ちつづけていたくないため、誰かにぶちまけることで発散しようとするからです。自分にとって危険度の低い人が標的となります。

「あなたに悪役になってもらえば、私の不快感は解消する。あなたが悪い人なら、私は正しい人になれるから」。つまり、怒りを使うことで自分が救われようとしているのです。

攻撃する人は、「怒りはぶちまけさえすれば、自分はスッキリさっぱりする」と無意識的に信じていることです。しかし、そうはなりません。

怒りをぶつけて一瞬不快感を手放せたように感じますが、その後必ず罪悪感というモヤモヤが湧き起こります。なぜなら、こころは「これは自分の問題なのに、他者を傷つけてしまった」と知っているからです。

そして、罪悪感を抱くことによって、自分を罰する方向へと向かいます。怪我をするとか、ものごとがうまくいかない、もっとひどいときには病気になったり精神的な不調を引き起こします。こうすることで罪悪感を相殺しているのです。

「誰かを攻撃してスッキリしたい」という思いは、結局、自分を攻撃することになり、さらにつらい状況に陥れてしまうのです。

理不尽に攻撃された人も、怒りの洗礼を受けたことによって、同様に怒りを抱える人になります。ゾンビに襲われた人が、自分もゾンビになるのと同じです。

ゾンビ化して怒りに巻きこまれたくなかったら、怒りをぶつけてくる相手への対処法を知っておかなければなりません。

まず知るべきことは、怒りとは何かということです。

怒りは決して猛々しくも、力強くもないものです。パワフルな見せかけのその下には、「弱さ」と「悲しみ」を隠しもっていて、怖くて「助けてほしい」とおびえているのです。

怒りは火事の炎のようにメラメラと燃えさかるように見える感情ですが、「助けて!」と叫んでいるエゴのエマージェンシーコール、119番なのです。

相手からの「怒り」というエマージェンシーコールを感知したら、まずは落ち着いて対応しましょう。119番のオペレーターさんと同じ要領です。

怒りの炎に対して戦いを挑むのではなく、炎の向こうにいる人を救助するようなイメージです。

ステップ1 「落ち着いてください」

ステップ2 「どうしましたか? なにが起きているか教えてください」

ステップ3 「なにが必要ですか?」

怒りをぶつけられるとつい戦闘体制になりがちですが、まずは「大丈夫?」と優しく声をかけて、落ちつかせてあげましょう。

そして、「どうしたの?」「話してくれる?」と相手のこころによりそいつつ、相手の言葉に耳を傾け受容します。理不尽な発言があるかもしれませんが、ここでは「ただ聴く」ということに専念しましょう。

そして、「私にできることはある?」と、どうして欲しいのかを尋ねてみましょう。

無条件に受容され、耳を傾けてもらうだけで、怒りというのはかなりおさまってくるものです。

大切なことは、怒りにおびえて、自分もすぐさま怒りのモードに入らないこと。「この人はいま、悲しや弱さを感じてパニックになってしまっているのだわ。必要なのは、このエマージェンシーコールに静かに対応して手をさしのべることなのだ」と気づきましょう。

このような対応をとることで、相手も自分もさらなる怒りのドラマに突入し幸せから遠ざかることを防ぐことができます。

また、自分自身が怒りを感じて誰かを責めたい衝動に駆られてしまったときも、「これはこころに悲しみがたまっているのだ。自分は助けを求めているのだ」と気づけるようになります。

そして、自分自身に対してもエマージェンシーコールのオペレーターのように、落ち着いて優しく対応してあげることができるようになります。

「目には目を、歯には歯を!」で向き合うのではなく、まずは自分自身が落ち着いてみましょう。怒りの下に潜んでいる脆い感情に気づき、どのように助けることができるのか静かに尋ねてみましょう。

これができるようになると、怒りに遭遇してもいたずらにホンロウされることなく、人にも自分にも冷静に対応できるようになります。

そして、冷静であることによってこころに余裕が生まれ、そこに天からの導きという直感を受け入れやすくなります。

また、こころに怒りや怖れがなければ正しくものごとを見ることができ、自然と解決策も目に入ります。思っているよりも簡単に問題が消え去ってゆくのを見ることができるでしょう。

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