月曜日, 5月 27 2019

月曜日, 5月 27 2019

気づきの日記「愛ある宅配センターになる♪」

「ハイヤーセルフに問題をゆだねたのですが、その答えがわかりません」

こんなご質問をよく耳にします。

「お願いしても答えが受けとれない」 ・・・ そんなふうに感じるとき、どうやら私たちは自分への贈りものの「受けとり方」と「受けとる場所」を正しく把握していないのかもしれません。

贈りものは、宅配センターにやってきます!

「クロネコですか、佐川ですか?」って? ・・・ どちらでもありません。それは、「あなた」という宅配所。

「私が宅配センター??」

宇宙(神さま)からの贈りものは、かならず「あなた」の宅配所にやってきます。あなたこそが、宇宙からの贈りものを受けとる中継所なのです。

そして、宅配センターの役割は、「宅配すること」、配ること!

だから、キープしておいたり、受けとっていないものを宅配しないことです。

私たちは日々、まわりの人たちに与えています。

何かをしたり、言ったり、手渡したり、思ったり、耳を傾けたりしています。それはまさに与える作業で、自分が受けとった宇宙からの贈りものをみんなにお届けする、という作業です。

受けとった人が「ありがとう!」「元気になった!」「助かった!」と喜んだり感謝したりするものを与えることもできるし、あるいは「なんだか、私なんてダメって感じちゃった」「一緒にいたら落ちこんじゃった」と意気消沈したり不十分さや怖れを感じるものを与えることもできます。

与えたものが怖れや罪悪感を覚えさせるのであれば、そのようなものは宇宙からの贈りものではないので、じつは何も届けなかったということになります。そうなると、宅配センターもカラだった、宇宙から受けとっていなかった、ということになります。

あるいは、「これは与えすぎだよね」「ここまでしてあげる必要はないよね」と、相手を値ぶみしたり、出し惜しみするようなときも、宅配センターは機能しません。

与えることによって贈りものは無尽蔵にあらわれてくるので、出し惜しみは不足を意味し、やっぱり贈りものはなかったのだ、受けとっていなかったのだ、ということになってしまうのです。

つまり、与えなかったものは、存在していないというわけです。

だから、「神さまだったら、この人に何て言うだろう?」「どんなふうに力をかすだろう?」「どんなふうに思いやるだろう?」「何をしてあげるだろう?」「どんな与え方をするだろう?」 ・・・ そんな無尽蔵な与え方によって、はじめて自分の宅配センターにはたくさんの贈りものがひしめいていることに気づくことができるようになるわけです。

表現することによってこそ、自分の奥にしまわれて自分でも目にすることができなかった贈りものを、あらためて引っぱり出して目撃することができます。

すると、「おお〜〜〜!私のなかにこんなものがあったのか!」「私にもこんなことができたのか!」「私ってこんな人だったのか!」と自分でもびっくりするかもしれません。

実際、その倉庫を開け放って、与えるという表現をするまではまったくそれがあることにさえ気づけないのです。

この倉庫はじつに無尽蔵(ドラえもんのポケットもびっくり!?)。なぜなら、神様に直結しているからです。

だから、倉庫を開け放って、気前よく贈りものの宅配サービスをすることで、宅配サービス所は贈りものであふれはじめ、その山のような贈りものに自分でもびっくりすることになります。

しかし、宅配センターに廃棄物やら、ゴミ、悪臭のするような腐敗物が集まらないように気をつけないればなりません。

そんなことにならないためには、喜ばしいもの、嬉しいもの、楽しいもの、愛のあるもの、安らぎのあるもの、うるわしいものだけをみなさまに宅配するように気をつけなければなりません。

与えるものこそが、受けとるものを決めるからです。

そして、このたくさんの贈りもののかなには、人に与えるものだけではなく、かならず自分自身への贈りもの、問題を解決するための答えも存在しているのです。

自分の手元にうるわしい贈りものがじゃんじゃん流れてくるように、愛のあるうるわしい贈りものだけを扱う宅配センターになってみましょう♪

 

 

「気づきの日記」バックナンバーはこちら: 古川 貴子 ヒプノセラピーカウンセリング

 

19-05-27 愛ある宅配センターになる♪

「ハイヤーセルフに問題をゆだねたのですが、その答えがわかりません」

こんなご質問をよく耳にします。

「お願いしても答えが受けとれない」 ・・・ そんなふうに感じるとき、どうやら私たちは自分への贈りものの「受けとり方」と「受けとる場所」を正しく把握していないのかもしれません。

贈りものは、宅配センターにやってきます!

「クロネコですか、佐川ですか?」って? ・・・ どちらでもありません。それは、「あなた」という宅配所。

「私が宅配センター??」

宇宙(神さま)からの贈りものは、かならず「あなた」の宅配所にやってきます。あなたこそが、宇宙からの贈りものを受けとる中継所なのです。

そして、宅配センターの役割は、「宅配すること」、配ること!

だから、キープしておいたり、受けとっていないものを宅配しないことです。

私たちは日々、まわりの人たちに与えています。

何かをしたり、言ったり、手渡したり、思ったり、耳を傾けたりしています。それはまさに与える作業で、自分が受けとった宇宙からの贈りものをみんなにお届けする、という作業です。

受けとった人が「ありがとう!」「元気になった!」「助かった!」と喜んだり感謝したりするものを与えることもできるし、あるいは「なんだか、私なんてダメって感じちゃった」「一緒にいたら落ちこんじゃった」と意気消沈したり不十分さや怖れを感じるものを与えることもできます。

与えたものが怖れや罪悪感を覚えさせるのであれば、そのようなものは宇宙からの贈りものではないので、じつは何も届けなかったということになります。そうなると、宅配センターもカラだった、宇宙から受けとっていなかった、ということになります。

あるいは、「これは与えすぎだよね」「ここまでしてあげる必要はないよね」と、相手を値ぶみしたり、出し惜しみするようなときも、宅配センターは機能しません。

与えることによって贈りものは無尽蔵にあらわれてくるので、出し惜しみは不足を意味し、やっぱり贈りものはなかったのだ、受けとっていなかったのだ、ということになってしまうのです。

つまり、与えなかったものは、存在していないというわけです。

だから、「神さまだったら、この人に何て言うだろう?」「どんなふうに力をかすだろう?」「どんなふうに思いやるだろう?」「何をしてあげるだろう?」「どんな与え方をするだろう?」 ・・・ そんな無尽蔵な与え方によって、はじめて自分の宅配センターにはたくさんの贈りものがひしめいていることに気づくことができるようになるわけです。

表現することによってこそ、自分の奥にしまわれて自分でも目にすることができなかった贈りものを、あらためて引っぱり出して目撃することができます。

すると、「おお〜〜〜!私のなかにこんなものがあったのか!」「私にもこんなことができたのか!」「私ってこんな人だったのか!」と自分でもびっくりするかもしれません。

実際、その倉庫を開け放って、与えるという表現をするまではまったくそれがあることにさえ気づけないのです。

この倉庫はじつに無尽蔵(ドラえもんのポケットもびっくり!?)。なぜなら、神様に直結しているからです。

だから、倉庫を開け放って、気前よく贈りものの宅配サービスをすることで、宅配サービス所は贈りものであふれはじめ、その山のような贈りものに自分でもびっくりすることになります。

しかし、宅配センターに廃棄物やら、ゴミ、悪臭のするような腐敗物が集まらないように気をつけないればなりません。

そんなことにならないためには、喜ばしいもの、嬉しいもの、楽しいもの、愛のあるもの、安らぎのあるもの、うるわしいものだけをみなさまに宅配するように気をつけなければなりません。

与えるものこそが、受けとるものを決めるからです。

そして、このたくさんの贈りもののかなには、人に与えるものだけではなく、かならず自分自身への贈りもの、問題を解決するための答えも存在しているのです。

自分の手元にうるわしい贈りものがじゃんじゃん流れてくるように、愛のあるうるわしい贈りものだけを扱う宅配センターになってみましょう♪

 

 

「気づきの日記」バックナンバーはこちら: 古川 貴子 ヒプノセラピーカウンセリング