木曜日, 8月 22 2019

木曜日, 8月 22 2019

気づきの日記「相手にイライラして疲れます」

「夫はあれこれ指図や要求や文句が多い人なので、私はいつもイライラし、ケンカになり疲れてしまいます」とA子さん。

イライラしている状態は、とてもエネルギーを消耗します。そして、疲れていると感じるときはいつだって、何かが間違っているというアラームが鳴っているときです。

だからこそ気づかねばなりません。「私は(だんなさんではありません!)、何か間違ってしまっている!」、「 だってこんなに疲れて、本来のイキイキした自分ではなくなっているのだから」と。

疲労するということは、それだけ不自然な状態にいるのです。

私たちは自分がイライラしているとき、「こんなことをされたなら、誰だって腹を立ててあたりまえよね?!」「だから、この人こそを正されるべきだわ」と思いがちです。

しかし、「腹が立った」と感じているのは自分自身であり、「問題だ」と感じているのも自分なのです。 ・・・ だから、どこに問題があるかといったら、「問題だ!」と知覚して騒いでいる自分がまず問題というわけです。

だんなさんに、「なぜ私をイライライさせるのよ!」と言ったとしても、「いったい何のこと?」と言われるかもしれません。

私たちは、じつは自分のこころが「これはこういう意味なのだ」と決めたことに対して腹を立てています。自分のつけた意味にじたいに怒っているということです(自分で自分に怒っているのです)。

この場合では、「夫の態度は、私を攻撃している」という判断を下して、その自分の意味づけに対して腹が立ってしまっている ・・・ ということです。

でも、もしかすると、他の人がそのやりとりを見たら、「あれはぜんぜん攻撃じゃないじゃないよ? なぜ怒る必要があるの?」と言われるかもしれません。

では、なぜだんなさんの態度に対して、「攻撃」というレッテルを選んでしまったのでしょうか?なぜ「攻撃されている可哀想な私」と知覚する必要があったのでしょうか?

じつは、私たちは自分が日々慣れ親しんで重宝している手口(?)しか、自分で理解することができません。使っているからこそ、それと解るのです。

・・・ ということは、もしや?! A子さんの方こそが、「攻撃」という手口は自分の欲しいものを手にするために最高の方法であると信じていて、大切にしてきたのかもしれません。

自分がこっそりと使っている手口だからこそ、相手がそれを使ってやり返してこないかビクビクしている自分がいます。すると、攻撃でなくとも攻撃であると知覚して、早めに反撃しようとしてしまうのです。

つまり、相手が攻撃したかどうかよりも、自分こそが攻撃を大切にしているということになります。

攻撃を大切に思う → 攻撃しないとやられる → やられちゃった過去があると思っている → もう絶対やられないために先にやっちゃえと思っている → 何でも攻撃に見えちゃう、というわけです。

解決するためには、まず自分が腹を立てているときに、攻撃しかえしたい!という怒りの欲求があることに気づきます。そして、その原因を見ることで、それを取り除くことができます。

腹が立って攻撃するとき、私たちは「自分に足りない何かがある」という隠された欲求をもっていて、それ以上うばわれないために、またその欲求を今満たそうとするために怒ります。

その満たされていない欲求は、今や力づくでないと(攻撃というおどしがないと)満たしてもらえないと信じています。

だんなさんの態度に腹が立ったのなら、「私のほうが足りないのだから、あなたに与える余裕なんてないのよ」「あなたこそ与えなさいよ!」と怒っているのかもしれません。

そこにはもしかすると、自分の思いを無視されて聞いてもらえなかったこども時代があったのかもしれません。自分の正直な気持ちを尊重されずに、いつも否定されていた小さいこどもがまだ泣いているのかもしれません。

私のこころの叫びを誰も聞いてくれなかったのだから、私はあなたの要求なんて聞く耳をもたない!ということになります。

怒りのいちばん下にあるこころの叫びに気づいて、そこにある悲しみを感じてあげましょう。

怒りの原因は、いつも「泣きたいほどの悲しみ」であり「弱っている自分」なのです。

その気持ちの存在をしっかりと認めて、そこにある感情を感じたら、

ハイヤーセルフに差しだして、それをこころから取り去ってもらいましょう。そして、悲しみをベースとした怒りからではなく、ものごとを正しく見られるように助けてくださいとお願いします。

そして、だんなさんとの関係のなかで、何か言うべきこと、できることがあったらハイヤーセルフにアドバイスしてもらいましょう。

ハイヤーセルフに尋ねてからとる言動であれば、怒りをふくむことはなく、愛と思いやりからなされることになります。

何か言うにしても、まったく怒りをくっつける必要なないのです(怒りは、おどしなのですね。おどさなくちゃいけないと感じているときには、とても無力に感じています)。

もしかすると、だんなさんに「もう少し自分でできるようにしてみてね。」と優しく言ったり、だんなさんをほめながらできるようにしてしまうこともあるかもしれません。

いずれにしても、怒りでコントロールしようとする必要はないのです。

実際、怒ると、あとでかならず気分が悪くなります。ドヨヨ〜ンと重苦しくなります。

こころのどこかでは知っているのです。どんなときでも相手を攻撃することは傷つけようとすることだと。だから、罪悪感を感じて憂鬱な気分になるのです。

あからさまな攻撃のみならず、攻撃には相手に対するぷちイラっとから、なにげで見下すことまで含むのですが、これをつづけてゆくとこころは知らぬまに病んでゆきます。

晴ればれとした気持ちがだんだんと感じられなくなります。

だからこそ、自分を大切にするためにも、自分のエゴの動きに敏感になって、攻撃の思いは自分のこころのなかで原因を見つけて、さっさと手放す必要があるのです。

A子さん、攻撃の下にある気持ちを感じてハイヤーセルフに渡して、エゴから解放されてしまいましょう。それは本当の自分ではないから。本当の自分のために、取り除いてもらいましょう。

そして、あるがままにだんなさんを見てみましょう。

あれ? 攻撃だと感じていたけど、甘えていただけじゃない? とか、
ああ、この人、こういうパターンでしかコミュニケーションしかとれないのね! そっか、ただコミュニケーションをとりたかったの?! とか、
文句が多いと思っていたけど、自分のことばかり主張する三歳児のように見えて、可愛く思えてくる! とか,
あるいは、何を言われても、ぜんぜんどうでもよくなっちゃった! とか、

きっと、ハイヤーセルフとともに見ると、違った見方ができるようになり、わざわざ自分をも傷つける攻撃という武器を出してくる必要はなくなることでしょう。

そして、なによりも、本来のA子さんの優しさのなかで安らいでいる自分を感じることができることでしょう♡

 

 

「気づきの日記」バックナンバーはこちら: 古川 貴子 ヒプノセラピーカウンセリング

 

19-08-22 相手にイライラして疲れます

「夫はあれこれ指図や要求や文句が多い人なので、私はいつもイライラし、ケンカになり疲れてしまいます」とA子さん。

イライラしている状態は、とてもエネルギーを消耗します。そして、疲れていると感じるときはいつだって、何かが間違っているというアラームが鳴っているときです。

だからこそ気づかねばなりません。「私は(だんなさんではありません!)、何か間違ってしまっている!」、「 だってこんなに疲れて、本来のイキイキした自分ではなくなっているのだから」と。

疲労するということは、それだけ不自然な状態にいるのです。

私たちは自分がイライラしているとき、「こんなことをされたなら、誰だって腹を立ててあたりまえよね?!」「だから、この人こそを正されるべきだわ」と思いがちです。

しかし、「腹が立った」と感じているのは自分自身であり、「問題だ」と感じているのも自分なのです。 ・・・ だから、どこに問題があるかといったら、「問題だ!」と知覚して騒いでいる自分がまず問題というわけです。

だんなさんに、「なぜ私をイライライさせるのよ!」と言ったとしても、「いったい何のこと?」と言われるかもしれません。

私たちは、じつは自分のこころが「これはこういう意味なのだ」と決めたことに対して腹を立てています。自分のつけた意味にじたいに怒っているということです(自分で自分に怒っているのです)。

この場合では、「夫の態度は、私を攻撃している」という判断を下して、その自分の意味づけに対して腹が立ってしまっている ・・・ ということです。

でも、もしかすると、他の人がそのやりとりを見たら、「あれはぜんぜん攻撃じゃないじゃないよ? なぜ怒る必要があるの?」と言われるかもしれません。

では、なぜだんなさんの態度に対して、「攻撃」というレッテルを選んでしまったのでしょうか?なぜ「攻撃されている可哀想な私」と知覚する必要があったのでしょうか?

じつは、私たちは自分が日々慣れ親しんで重宝している手口(?)しか、自分で理解することができません。使っているからこそ、それと解るのです。

・・・ ということは、もしや?! A子さんの方こそが、「攻撃」という手口は自分の欲しいものを手にするために最高の方法であると信じていて、大切にしてきたのかもしれません。

自分がこっそりと使っている手口だからこそ、相手がそれを使ってやり返してこないかビクビクしている自分がいます。すると、攻撃でなくとも攻撃であると知覚して、早めに反撃しようとしてしまうのです。

つまり、相手が攻撃したかどうかよりも、自分こそが攻撃を大切にしているということになります。

攻撃を大切に思う → 攻撃しないとやられる → やられちゃった過去があると思っている → もう絶対やられないために先にやっちゃえと思っている → 何でも攻撃に見えちゃう、というわけです。

解決するためには、まず自分が腹を立てているときに、攻撃しかえしたい!という怒りの欲求があることに気づきます。そして、その原因を見ることで、それを取り除くことができます。

腹が立って攻撃するとき、私たちは「自分に足りない何かがある」という隠された欲求をもっていて、それ以上うばわれないために、またその欲求を今満たそうとするために怒ります。

その満たされていない欲求は、今や力づくでないと(攻撃というおどしがないと)満たしてもらえないと信じています。

だんなさんの態度に腹が立ったのなら、「私のほうが足りないのだから、あなたに与える余裕なんてないのよ」「あなたこそ与えなさいよ!」と怒っているのかもしれません。

そこにはもしかすると、自分の思いを無視されて聞いてもらえなかったこども時代があったのかもしれません。自分の正直な気持ちを尊重されずに、いつも否定されていた小さいこどもがまだ泣いているのかもしれません。

私のこころの叫びを誰も聞いてくれなかったのだから、私はあなたの要求なんて聞く耳をもたない!ということになります。

怒りのいちばん下にあるこころの叫びに気づいて、そこにある悲しみを感じてあげましょう。

怒りの原因は、いつも「泣きたいほどの悲しみ」であり「弱っている自分」なのです。

その気持ちの存在をしっかりと認めて、そこにある感情を感じたら、

ハイヤーセルフに差しだして、それをこころから取り去ってもらいましょう。そして、悲しみをベースとした怒りからではなく、ものごとを正しく見られるように助けてくださいとお願いします。

そして、だんなさんとの関係のなかで、何か言うべきこと、できることがあったらハイヤーセルフにアドバイスしてもらいましょう。

ハイヤーセルフに尋ねてからとる言動であれば、怒りをふくむことはなく、愛と思いやりからなされることになります。

何か言うにしても、まったく怒りをくっつける必要なないのです(怒りは、おどしなのですね。おどさなくちゃいけないと感じているときには、とても無力に感じています)。

もしかすると、だんなさんに「もう少し自分でできるようにしてみてね。」と優しく言ったり、だんなさんをほめながらできるようにしてしまうこともあるかもしれません。

いずれにしても、怒りでコントロールしようとする必要はないのです。

実際、怒ると、あとでかならず気分が悪くなります。ドヨヨ〜ンと重苦しくなります。

こころのどこかでは知っているのです。どんなときでも相手を攻撃することは傷つけようとすることだと。だから、罪悪感を感じて憂鬱な気分になるのです。

あからさまな攻撃のみならず、攻撃には相手に対するぷちイラっとから、なにげで見下すことまで含むのですが、これをつづけてゆくとこころは知らぬまに病んでゆきます。

晴ればれとした気持ちがだんだんと感じられなくなります。

だからこそ、自分を大切にするためにも、自分のエゴの動きに敏感になって、攻撃の思いは自分のこころのなかで原因を見つけて、さっさと手放す必要があるのです。

A子さん、攻撃の下にある気持ちを感じてハイヤーセルフに渡して、エゴから解放されてしまいましょう。それは本当の自分ではないから。本当の自分のために、取り除いてもらいましょう。

そして、あるがままにだんなさんを見てみましょう。

あれ? 攻撃だと感じていたけど、甘えていただけじゃない? とか、
ああ、この人、こういうパターンでしかコミュニケーションしかとれないのね! そっか、ただコミュニケーションをとりたかったの?! とか、
文句が多いと思っていたけど、自分のことばかり主張する三歳児のように見えて、可愛く思えてくる! とか,
あるいは、何を言われても、ぜんぜんどうでもよくなっちゃった! とか、

きっと、ハイヤーセルフとともに見ると、違った見方ができるようになり、わざわざ自分をも傷つける攻撃という武器を出してくる必要はなくなることでしょう。

そして、なによりも、本来のA子さんの優しさのなかで安らいでいる自分を感じることができることでしょう♡

 

 

「気づきの日記」バックナンバーはこちら: 古川 貴子 ヒプノセラピーカウンセリング