金曜日, 11月 19 2021

金曜日, 11月 19 2021

気づきの日記「appreciate 〜 愛でる生き方」

 

FMを聴いていたら流れてきたことば。

「たとえば、苔を守ろうとして芝生を刈ってしまうと、とたんにシッペ返しがくる。・・・生態系はそれ自身でバランスを保っているから、ひとつを変えてしまうと(コントロールしようとすると)とたんにダメになる。大切なのは、状況を appreciate すること ・・・」と、研究者の森田真生さん。

「状況を appreciate する」・・・ appreciate とは、味わい愛でること、認めること、受け入れること、それでよしとすること。

ああ~、ホントそうですね! 状況をただ受け入れること。

生態系と自分の生きる世界はまさにイコールなので、私たちの生き方においても目のまえのことをコントロールしたり、取り除こうとするよりも、ただ appreciate (受け入れ、そのままにする) ことこそが大切なのです。

自分個人として、自分の願望に基づいて、自分の益のために、自分の時間軸で、自分のアタマにたよって、すべてにひとりで対応しようとすると ・・・ どうしたって「全体のために」とはならないものです。

こちらを立てれば、あちらが立たず・・・。

すでに完璧なバランスを保ちながら粛々と進んでいる宇宙の秩序というものは、超ド近視的な個人の視野では理解できないものなのかもしれません。

ヨイことも、時分にとっての恐怖としてしか解釈できないほどこころは怯えているのです。

だから真の問題は、あるがままをあるがままとして appreciate できない自分のココロそのものです。

なんせ、ピンポイントの近視眼でほぼ盲目状態の私たちにしたら、どうでもいいものも脅威となってしまいます。(はい、近視の私は陽が短くなると、暗がりの中で疾走する○-ber 配達自転車がメッチャ脅威です)

結局は、個人も、時間軸も、理由も、あれやこれやもとっぱらって、ずっと引きの目線でものごとを見られたとしたら、

自然の生態系が完全にバランスをとっているように、じつはパズルのピースがみごとにおさまって、遅かれ早かれ全員にとってそのままであることがいちばん益があるということがわかるかるようになるのでしょう。

全体から切りはなされた自分のちっちゃなエゴが何かに怯えて「これを変えるべきだ!」と騒ぎ立てるとき、

それをコントロールしようと四苦八苦するよりも、「なぜ、それが自分にとってそんなに脅威に感じるのか?」「なぜジタバタしたいのか?」「いったいどうなっちゃうと思っているのか?」「そうなっちゃう自分ってどんな自分なのか?」

そちらのほうをじっくり調べて、その原因をどうにかしたほうがよさそうです。

完全さがそこにあるのなら、超ド近視的になってしまう視野(ものの見方)を修正して、すべてをリラックして appreciate できるようにすることこそが解決策です。

すべてのバランスを壊さない、状況を appreciate(味わい愛でる)生き方ができるように、「そんなことムリ!」と言っているエゴのセリフを探求してみましょう。

また、appreciate して(味わい愛でて、あるがままに)見られるようになるためには、自分の都合でものごとを解釈して意味を決めることをやめなければなりません。

自分の都合による意味は、自分にしか意味をなしません。そして、自分の都合は、全体の秩序とは相容れないようです。

だから、ものごとに自己都合の意味をあてはめるのではなく、いったん自分にとっての意味は手放して、高い自己であるハイヤーセルフに尋ねて意味を教えてもらいましょう。

そうすると、完全な秩序という流れにのれるのでしょう。

それが起きているのならば、今のところ、それはそれでよいのです!

だから、状況を appreciate 〜認めて、味わい愛でて、受け入れて〜 リラックスいたしましょう♪

 

 

「気づきの日記」バックナンバーはこちら: 古川 貴子 ヒプノセラピーカウンセリング

 

21-11-19 appreciate 〜 愛でる生き方

 

FMを聴いていたら流れてきたことば。

「たとえば、苔を守ろうとして芝生を刈ってしまうと、とたんにシッペ返しがくる。・・・生態系はそれ自身でバランスを保っているから、ひとつを変えてしまうと(コントロールしようとすると)とたんにダメになる。大切なのは、状況を appreciate すること ・・・」と、研究者の森田真生さん。

「状況を appreciate する」・・・ appreciate とは、味わい愛でること、認めること、受け入れること、それでよしとすること。

ああ~、ホントそうですね! 状況をただ受け入れること。

生態系と自分の生きる世界はまさにイコールなので、私たちの生き方においても目のまえのことをコントロールしたり、取り除こうとするよりも、ただ appreciate (受け入れ、そのままにする) ことこそが大切なのです。

自分個人として、自分の願望に基づいて、自分の益のために、自分の時間軸で、自分のアタマにたよって、すべてにひとりで対応しようとすると ・・・ どうしたって「全体のために」とはならないものです。

こちらを立てれば、あちらが立たず・・・。

すでに完璧なバランスを保ちながら粛々と進んでいる宇宙の秩序というものは、超ド近視的な個人の視野では理解できないものなのかもしれません。

ヨイことも、時分にとっての恐怖としてしか解釈できないほどこころは怯えているのです。

だから真の問題は、あるがままをあるがままとして appreciate できない自分のココロそのものです。

なんせ、ピンポイントの近視眼でほぼ盲目状態の私たちにしたら、どうでもいいものも脅威となってしまいます。(はい、近視の私は陽が短くなると、暗がりの中で疾走する○-ber 配達自転車がメッチャ脅威です)

結局は、個人も、時間軸も、理由も、あれやこれやもとっぱらって、ずっと引きの目線でものごとを見られたとしたら、

自然の生態系が完全にバランスをとっているように、じつはパズルのピースがみごとにおさまって、遅かれ早かれ全員にとってそのままであることがいちばん益があるということがわかるかるようになるのでしょう。

全体から切りはなされた自分のちっちゃなエゴが何かに怯えて「これを変えるべきだ!」と騒ぎ立てるとき、

それをコントロールしようと四苦八苦するよりも、「なぜ、それが自分にとってそんなに脅威に感じるのか?」「なぜジタバタしたいのか?」「いったいどうなっちゃうと思っているのか?」「そうなっちゃう自分ってどんな自分なのか?」

そちらのほうをじっくり調べて、その原因をどうにかしたほうがよさそうです。

完全さがそこにあるのなら、超ド近視的になってしまう視野(ものの見方)を修正して、すべてをリラックして appreciate できるようにすることこそが解決策です。

すべてのバランスを壊さない、状況を appreciate(味わい愛でる)生き方ができるように、「そんなことムリ!」と言っているエゴのセリフを探求してみましょう。

また、appreciate して(味わい愛でて、あるがままに)見られるようになるためには、自分の都合でものごとを解釈して意味を決めることをやめなければなりません。

自分の都合による意味は、自分にしか意味をなしません。そして、自分の都合は、全体の秩序とは相容れないようです。

だから、ものごとに自己都合の意味をあてはめるのではなく、いったん自分にとっての意味は手放して、高い自己であるハイヤーセルフに尋ねて意味を教えてもらいましょう。

そうすると、完全な秩序という流れにのれるのでしょう。

それが起きているのならば、今のところ、それはそれでよいのです!

だから、状況を appreciate 〜認めて、味わい愛でて、受け入れて〜 リラックスいたしましょう♪

 

 

「気づきの日記」バックナンバーはこちら: 古川 貴子 ヒプノセラピーカウンセリング