お茶の間シネマトーク「スワンソング」
散歩をするでもなく、まわりの人とお喋りするでもなく、老人ホームで日がな一日自室にこもって暮らす老人 パット。
そのTシャツにジャージ、運動靴姿からは、かつての彼をうかがい知ることはできません。
パットはその昔、街では誰もが知るカリスマヘアメークアーティストであり、華やかなドラァグクイーンだったのです。
そんな彼に、ある日弁護士が尋ねてきて、昔の顧客が亡くなり、彼女の遺言で死化粧を施してほしいと依頼されます。
その顧客とは、パットにとってはかつての大親友であり、また大きな確執を抱える相手でもあったのです。
彼は「もうとっくに引退したから」とつっぱねるのですが、この一件からフタをしていたさまざまな記憶が呼び覚まされこころがザワつきます。
ついに彼は誰にも告げることなく、運動靴姿のまま、お金もなく、かつて自分が活き活きと輝いていた街へと歩き出します。
途中、亡くなった恋人のお墓に立ち寄り、ライバルだったヘアサロンで必要な化粧品を調達し・・・なんとか亡くなった顧客の邸に到着したものの、押し寄せる過去の記憶と感情に圧倒されて逃げるように姿を消してしまいます。(→予告をみる)
パットは傍若無人で偏屈な老人に見えるのですが、ホームでは認知症の女性の髪をやさしく結ってあげたり、たった一度だけ髪を整えた顧客のこともちゃんと覚えていたり・・・と、じつはとても繊細であふれるほどの愛の持ち主です。
若い頃にはドラァグクイーンとしてハデな衣装でステージもつとめていたので、そのキワモノぶりからカリスマ扱いされていたのかと思いきや、どうやら彼の繊細なこころづかいと卓越した技術が相まって、人間的魅力のある完璧なプロフェッショナルとして支持されていたようです。
街に戻り、ひさしぶりにジャージからペパーミントのスーツに着替えたパットは、忘れかけていた自分の輝きを思い出して元気を取り戻します。
私たちは自分の狭い視点でしか現実をとらえることができず、自分のニーズが満たされないときに傷ついたと感じてしまいます。しかし、他の人のこころものぞくことができたら、また別のストーリーが見えてくるのだな〜と感じます。
パットを演じた俳優のウド・キアさんは、眼光鋭く、澄んだ瞳がとってもチャーミングなおじいちゃん。その大きな瞳が、パットの繊細さ、暖かさ、そしてカリスマの輝きをよく現しています。
パットは実在した伝説のスタイリスト パトリック・ ピッツェンバーガーさんをモデルにしているそうです。